「へちまの観察」の必要性について

2011年08月25日 | Uの部屋

カモミーユの部屋 ブログ

息子の夏休みもあと1週間となりました。

最初は私と一緒に過ごせるのが嬉しいらしくべったりだったのが、しばらくするとそれにも飽き、また友達と児童館というパ

ターンに戻っていきました。私は仕事、彼は宿題と遊び。それなりに充実した日々でしたが、一つ問題が・・・

「へちまの観察」を2回学校でするという宿題。去年夏休みの終わりに行って、トマトが枯れていた苦い経験から、今年は観

察に行くよう早いうちからうながして来ました

ようやく昨日友達と約束して観察に行くことになりましたが、行く道々「なんでへちまの観察をしなきゃいけないんだ。」

「へちまの観察をしなくても生きていけると思う。」などとぶつぶつこの後に及んで納得していない様子

「こういう観察で興味を持った子はその道をすすんでいくんだよ。」と私もなんだか的を得ない返答をしてしまいました。

そういえば、へちまって今時の子たちの身近にないですよね

もしかしたら節電対策で、すだれ代わりにゴーヤやへちまを植えたお宅もあるかもしれませんが。

そんなこんなで見送った後ろ姿は、やる気の無さに満ちあふれ、約束の時間に学校に行き着くのだろうかと心配してしまっ

た程でした。そして出来上がったのがこれ

これが夏休み明けに教室に張り出されるかと思うと保護者会への道のりは足が重くなりそうです

ところで「へちまの観察」の必要性についてですが、夕飯準備中に遠からず答えが出ました

我が家の男性陣は割りと料理が好きです。息子は覚えた卵焼きをしばしば作ってくれるようになり、夕べは味噌汁を作って

くれました。以前野菜をゆでる時は「土の下に生えるものは水から、土の上に生えるものは、沸騰してから」と教えたので

「にらって土の下だっけ?」などと聞くのです。根がついていない状態で売られているとはいえ、どうやったら土の下にに

らが生えていると思うのでしょうか。

やはりへちまは一般的な野菜でないにしろ「植物の観察は必要だね。」と息子に話しました。息子も一瞬でもにらが土の下

に生えると思った事を恥ずかしく思ったようでした