水に沈んだ神社-丹生川上神社上社-

2014-12-04 12:55:20 | 歴史あるトコ-奈良

以前、ご紹介した

丹生川上神社 下社(にうかわかみじんじゃしもしゃ)

(その記事➡こちらから

 

「下社」とあるのに、近くに「上」が見つからない!

思いっきり離れたトコにありました。

 

 

で、行ってみました。

丹生川上神社 上社(にうかわかみじんじゃかみしゃ)

あ・・・・新しい・・・・σ(´ x `;*)ンート・・・


創建は不明ですが、明治初めごろは小さな祠だったとか。

 

神武天皇が天神地祇を祀り、戦勝を占ったのが「丹生川上神社」なんですが、

その所在地がコロコロ変わります。

江戸時代、「丹生大明神」と称していた現・丹生川上神社下社その地だ!となり、

まず「式内大社丹生川上神社」とされます。

 

明治時代になると、この上社が比定され、

大正時代には東吉野町にある蟻通神社(現・中社)」こそがその地だ!に変り、

上社・下社は中社に包括される形で、改めて3社を合わせて「官幣大社丹生川上神社」となります。

戦後の官制廃止により、それぞれが独立したわけです。



さて、2番目に比定されたこの上社。

実は現在の地にあったわけではありません。

元宮遙拝所から見えるその地は・・・・

ダム湖!



1959年の伊勢湾台風など、水害に見舞われたことで、

ダム建設の計画がスタート。

反対運動が起こり、計画は長期化。

 1996年、妥協案が示され建設がスタートします。

 

1998年、上社も現在の地に遷宮。

その跡地から遺跡が発見されます!

 

本殿跡真下から、自然石を敷き並べた祭壇跡が出土し、

また付近では縄文時代(約4000年前)の祭祀遺跡(環状配石遺構)が出土

 

この「宮の平遺跡」は縄文時代早期の大規模集落跡と判明し、

古代から人の住まう土地だったのです。

 

現・上社の境内にその祭祀跡が復元されています。

 

それにしても「社」とつく地には、なんらかの由縁があるんですね。

 

 

 

一度、行ってみて

奈良県吉野郡川上村  丹生川上神社上社

 

 



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