アユ母日記

東日本大震災
平成23年3月11日
あの日から会えなくなったアユと凛へ
思いが届きますように

3月11日の事

2014年03月16日 | 東日本大震災の事
今年も3月11日が静かに過ぎて行きました

3年前の日もこんなに静かに過ぎてくれていたら
私も誰も
こんなに悲しい思いはしなかっただろうに

家族で女川の追悼式に参列しました。

今年もたくさんの人でした。
追悼式には参列しないで
場所であの時間を迎えられた方もたくさんいたらしく
あちこちにたくさん人がいました。

2:46は追悼式で
津波が来たと言われる
3:32頃には見つかった海に花を手向けてきました。

3年目でも
命日の法事のようにはいかず
ついさっきの出来事の様に
涙はとまらず
泣くれて帰ってきました。

また来年の
3月11日まで
トボトボ歩こうか

二つ花のチュウリップが
アユと凛のようで
可愛らしいかった。



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春分の日に思う

2014年03月16日 | 東日本大震災の事
三年前の春分の日は21日
20日と21日は連休で
アユの住んでる女川に遊びに行くはずでした。

もし
地震がズレてその連休の時だったら…
一家で全滅だったかも

助けられなかったと思う。
と夫となんとなく話しました。

例えば

凄い揺れだったから
「あちこち動かない方がいいよ」
と私は言ったかもしれない。
「津波が来る」
と騒いでいたとしても
「アパートの4階までは来ない」
と確実に思ったはず。

アユのアパートのリビングにいたとして
リビングの天井10cm下まで浸水した。
しかもすぐ裏の山にぶつかった津波が
跳ね返って勢いをつけたらしく
リビングにあるベランダの窓がめちゃくちゃだから
波の勢いで部屋の奥に押し流されて動きが取れなくて
溺れただろう。

だとしたら
今はこうしていない。

でもこうしているから「良かった」
には絶対にならない。
どうしたって良くなんかない。

アユと凛がいないのが
許せない

と言う話し





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