アユ母日記

東日本大震災
平成23年3月11日
あの日から会えなくなったアユと凛へ
思いが届きますように

早く寝なくちゃ

2016年09月30日 | 日記
明日は5月以来の女川
色々準備をしていたらフッと
震災の時の事を思い出した。

女川に行く前日は毎回なぜか気持ちが高揚して
中々眠れなかった。
毎回
「明日は会える様な気がする」
と思いながら向かった。
毎回 持って行くモノで溢れていて
荷物の整理が大変だった。
それも、アユと凛に会う為と思えば何てことなかった。

今夜はあの時の気持ちが思い出されて
切ない。

頑張っても頑張っても
アユと凛はいなかった。

あの時はもういなかったのかと思うと
悲しくて
やっぱり切ない。

明日はつむぎの会のママとも会う約束をして…
早く寝なくちゃいけないのに
何だか寝れない。

ヒツジ数えたらねれるかな…
どこまでも数えられたらどうしよう。
そんなどうしようもない心配をしながら寝ようと思います。
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今度はテレビで

2016年09月30日 | 日記
また取材してもらっています。
「行方不明者遺族」で…

凛が主役って事です。

アユなんて言っているだろう?
「おっ母 出たがり!」とか…
そういうつもりではないのですが…
テレビや新聞にアユと凛の写真を何度も載せてもらった。

今、いたらこんな事はなかったと思います。
普通に看護師で
普通に主婦で
普通に母親で
普通に私の娘と孫だと思います。

5年半も過ぎたけど
熊本や台風の被害がひどい地域もあるかもしれないけど
5年半過ぎでも
あの日
あの時から
変わらずにずーっと悲しいまんまの母が
ここにもいるんだ。
復興は進んでも
元に戻らない命を思って
悔しい思いをしている母親が…

そして
アユと凛は生きてたんだよ 普通に…
って言いたかった。
みんなと同じ様に
普通に生きていただけなのに
どうしてかなぁ…
いなくなった。
普通が普通じゃない。
生としは隣り合わせなんだ。
そう言いたかった。



わかる人だけわかってくれればいい
と今も思います。
「伝えていかなくちゃ」という思いには至ってなくて
私は「私のアユと凛への思い」をただ漠然と話しているだけかもしれません。
それを
「伝えていくモノ」にするのはテレビ局さんの「ウデ」かなぁなんて…笑
私はただ思いを話しただけ
アユと凛が
「こんなに可愛いいんだよ」
「こんなに愛おしいんだよ」
と言いたかっただけ。

アユも凛と一緒に楽しんでいるかも…
悲しい話しだけど
でも
楽しんでる。
そう思います。
コメント (2)
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