2021年10月8日。
白土三平先生が亡くなられた。享年89歳だったそうな。
年齢的に、ある程度は仕方ないとはいえ、私にとってショックであり、寂しくもあり、悲しい出来事だ。
白土先生は、私が大好きな漫画家のひとりであり、私にとっては心の中でベーシックな存在の漫画家のひとりであった。
私は子供の頃から先生の漫画には親しんでおり、好きな作品は多数あり、今も我が家に単行本が何冊もある。
「サスケ」「カムイ伝」「カムイ外伝」「忍者武芸帳」「ワタリ」「死神少年キム」「忍法秘話」「風魔」その他多数。
先生の作品はアニメも漫画も両方好きだった。
「風のフジ丸」というアニメ作品も、元々は白土先生の作品「忍者旋風」「風の石丸」が土台になっていたし。
なんといっても、忍者漫画の第1人者であり、極めつけ的な存在の漫画家であった。
忍者漫画といえば白土先生だった。
昭和の子供たちのヒーローの中に、忍者という存在を広めたのはなんといっても白土先生だったであろう。
前述の通り白土作品には私は大好きな作品は多いが、なんといっても究極は「カムイ伝」。
「サスケ」も「忍者武芸帳」も「ワタリ」も良かったけど、なにはともあれ「カムイ伝」は私にとって大きすぎた。あらゆる面で。
ある意味、私にとっては人生観の一部を変えらえたほどの影響力があった。
「カムイ伝」を読んで感動し、その感動を夏休みの「読書の感想文」の宿題で書いて提出したこともあった。
カムイ伝で知った知識、カムイ伝から受けた衝撃、「差別の問題」などへの考察を、私なりに自分で挿絵も描いて、感想文を提出したのだ。
漫画の感想文なんてダメだ・・・と、もし言われたら、反論するつもりだった。
「カムイ伝」を漫画ひとくくりでとらえないでほしい、そんじょそこらの文学小説に勝るとも劣らない劇画文学だと言いかえすつもりだった。自信もあった。
でも、学校の先生からは何も言われなかった。
それもそのはず、なんと!カムイ伝の単行本は、私の通ってた学校の校長室の本棚にもおいてあったのだ!
そう、学校の先生も「カムイ伝」を読んでいたのだ!
それを知った時、無性に嬉しかったし、学校の先生に少し親しみを感じたものだった。
私の担任の先生など、私がカムイ伝の単行本を集めているのを知ると、「だんぞう、ならば僕に続きを読ませてくれよ」なんて言って来たほど。
カムイ伝は学校公認のコミックであるようでもあり、ファンとしてちょっと誇らしかったのを覚えている。
「カムイ伝」から受けた衝撃は、その後絶えず私の心の中にズッシリと居座っている。
時には私の作る自作曲の歌詞にも影響が出たこともあった。
「風のフジ丸」「サスケ」「ワタリ」などを読んで私が忍者に興味を持ち、あれこれ文献を読んで、以来私の中での忍者への興味は今も変わっていない。私は忍者探求の気持ちは今も持ち続けているから。
今でも忍者関係の本は読むこともあるし、実際に伊賀や甲賀に旅したことにもつながった。
だが、カムイ伝は、他の忍者漫画とは一味違った。
「カムイ外伝」は忍者に主眼をおいた忍者エンタテインメント作品だったが、「カムイ伝」は色々な身分のキャラの生きざまに主眼がおかれ、底辺には「差別への反対」というテーマがあった。
カムイ自身は主人公ではあるが、めったに出て来ないことも多く、作品を読み進めると百姓の正助がメインであったりしたし、その他のキャラがメインな個所も多々あった。
カムイ外伝はこれまでアニメ化されたり映画化されたりしてきてるが、白土先生の代表作である「カムイ伝」は未だに映像化されていない。
映像化が難しいのだろう。登場人物が多く、それぞれにドラマがあり、多数のキャラクターが当時の社会でからみあって、大河ドラマのように話が進んでいく。
もしも「カムイ伝」を映像化するなら、多数居る主役級のキャラのどれかに主眼を置かねば、描けないだろう。
ただ、たった一人のキャラを主人公にするだけで、この作品の魅力を描き切れるのか?という問題もある。
ましてや2時間くらいの尺の映画で。
カムイ伝は、当初「全3部作」になる予定だった。
第1部は「ガロ」の誌上で完結したが、全然終わりという感じはしなかった。
なので一刻も早く第2部を再開してほしかったが、第2部が再開されるまでは、とてつもない長い期間があいてしまった。
このままいくと、全3部作が完結する前に、白土先生の寿命が尽きてしまうのではないか・・・ということを心底心配した私だったが、はからずしもその危惧は当たってしまったことになる。
結局、第3部は描かれることなく、白土先生は天国へ旅立たれてしまわれた・・・。
もっとも、第2部で作画を担当された岡本鉄二さん(白土先生の弟さんである)も、白土先生の後を追うように2021年10月12日に他界されてしまった。
こうなると、もうカムイ伝の第3部は無理なのだろう。
話によると第3部の構想は進んでいたらしいので、ある程度は創作ノートか何かに残されていないかなあ・・・などと思ってはみるものの、それがラストまで構想が決まっていなかったのなら、これは事実上もう無理・・・。
ホント、その辺残念でならない。
手塚治虫先生はライフワーク「火の鳥」が未完に終わった。
石ノ森章太郎先生はライフワーク「サイボーグ009」が未完に終わった。
そして今回は白土三平先生がライフワーク「カムイ伝」が未完に終わることに・・。
こうなる危惧は持ってた私だったが、いざ不安が的中してしまうと、喪失感が大きく、ショックを受けている。
いつかカムイ伝の第3部が描かれると思って、その日を楽しみにしていたのに、もうそれはかなわぬ夢になってしまった。
ただただ残念で悲しい・・・。
メディアなどではもっともっと大きく扱われてもいい訃報だったのに、思ったほどには扱われ方が大きくなかった気がして、それも残念。
まあ、晩年は漫画家活動からは離れてらっしゃったようだし、メディアにも出てこなかったし、仕方ないのかなあ…。
日本の漫画・劇画の地位を大いに上げ、その発展に大きく貢献し、一時代を築いた偉大な漫画家、白土三平先生のご冥福をお祈りいたします。
先生の作品、私は忘れませんよ。
少年サンデーの「カムイ外伝」「サスケ」、少年マガジンの
「ワタリ」を、思い出します。
テレビアニメの「風のフジ丸」も、白土氏が原作だったのですね。
「カムイ伝」は、徳川時代の封建制度のもと、厳しい階級制度の中で日々を必死に
闘い生き抜いた、様々な階層の人々の人間ドラマは、今、読んでも
鮮烈な感動を覚えます。
白土氏の忍者マンガは、子供の読者の為に忍法の解説に
ページを割いており、図解入りの説明がおもしろかったです。
木々の間を、ましらの如く駆け抜け
クナイや鎖分銅が飛び交い火薬が炸裂し、敵味方の忍者の
華麗な忍法の応酬が、忍者マンガの醍醐味でした。
「カムイ外伝」の中でカムイに飯綱落としを、かけられた女忍者が
自分の胸に刀を突き刺して、相打ちに持ち込もうとした
ストーリーが、強く印象に残っています。
白土氏の描く忍者の中には、もっと地味な存在で、
農民や町人になりすまし、普段は平民として振るまい
領地内での情報収集・分析を冷静に行って
必要に応じて、要人の暗殺を行ったそうですが
これは、とても現実感があり興味深かったです。
白土三平 先生 R.I.P.
カムイ外伝シリーズの単行本の一部なのですが、
その主人公は漂泊の浪人なんですが、実は奇形者で
腕が三本あるんですね。
でも、いつもは三本目の腕は着物の羽織りの中に隠してるんですが、最後の場面で、
三本腕が有ることが明かされます。
その漫画を読んだのは、感受性の繊細な高校一年生の時でしたので、かなりショックをうけました。
ぼくの友達で、カムイ伝&カムイ外伝をすべて蔵書にしている人もいます。
熱心な愛読者もいるんですね。
風のフジ丸は、白土先生の作品を題材にして制作されたアニメでした。
ただ、風のフジ丸そのもののタイトルのコミック版は、久松文雄先生が描いてました。
とはいえ、アニメ版のフジ丸のキャラは、白土先生の画風でした。
カムイ伝はズッシリとした読みごたえのある作品で、多感な頃に読んだ私は多大な衝撃を受けました。
サスケのアニメ版では、作中で忍法の解説などがあり、フジ丸では番組の最後に忍者の解説コーナーがありました。
本格的でした。
飯綱落としのピンチをきりぬけたとき、カムイは「忍びは技を考えたとき、それを破る方法も考えるものだ」といって、敵の飯綱破りを無効にしたのは印象的でした。
白土先生のおかげで私は少しでも実際の忍者のことを調べるきっかけになったものでした。
というか、子供達だけでなく、若者や大人をも唸らせた漫画家でした。
カムイで、腕が三本ある相手、覚えてます。
確か「五ツ」という相手だったような。
普通の人間は手足の数の合計は四ですが、「五ツ」は手が三本あるため、手足の合計が五。
だから五ツと名乗ってたような。
五ツは普段差別されてたらしく、その心情をカムイは理解できました。
カムイも、という身分で差別された過去があったからでした。
結局、カムイの命を狙う追っ手だったはずの五ツもまた、カムイ同様に抜け忍になったと思います。
印象的なシーンでした。
私もカムイ伝、カムイ外伝は全巻持ってます。