小学生時代、私が漫画家志望だった頃。
お気に入りの漫画を読むたびに、それぞれの漫画家の画風、キャラデザインをチェックしていた。
絵柄を見れば、見慣れない作品でもあっても、その作品を描いた漫画家の名前が判別できた。
まあ、それは、当時の漫画家の画風が個性的だったのだろう。
特にキャラクター。
野球マンガを描いている頃、私が一番影響を受けたのは、なんといっても「巨人の星」。次いで「黒い秘密兵器」あたり。
「巨人の星」を描いている頃の川崎のぼる先生の絵の細かさには、いつも感心しっぱなしだった。
なにしろ、1コマ1コマに細かく線を描き込む。
ペンの入っていない「余白」を探すほうが難しいくらいだった。
指の関節、野球場の群衆、風景の描写、服(ユニフォームなど)のシワ、砂煙、その他。
コマの隅々まで線が細かく描き込まれていた。
この当時の先生の別の作品「荒野の少年イサム」などでも、その「描き込み」の度合いは圧倒的だった。
馬車、馬、雲、の隅々まで描きこまれていた。
こんな絵が描けたら素晴らしいだろうな・・と思った。
おかげで、この当時私が描いてた野球マンガも、川崎先生の影響は色濃く、1コマ1コマの隅々まで私も線を描き込んだ覚えがある。
余白ができそうな場合は、抽象的な背景を描いて、各コマの余白を埋めたもんだった。
しまいには、私が描いていた野球マンガのページは、どのコマも余白が少なくなり、遠目で見るとページ全体が黒っぽくなってしまっていた。
人によっては、川崎先生のあの描き込みぶりはシツコイ・・なんて感想をもらす奴もいたが、私は「よくぞここまで緻密にに・・」と圧倒されるしかなかった。
漫画家にはそれぞれの画風があり、川崎先生みたいにコマの隅々まで細かく描き込む方もいれば、あっさりとした画風の方もいる。
それぞれ持ち味は異なり、どっちが上か・・などという議論はナンセンス。
読者それぞれがどう感じるか、だけだ。
細かい画風の作品をいくつも読んできてるが、巨人の星」「荒野の少年イサム」の頃の川崎先生の画風は、その細かさにおいてトップクラスだったと思う。
最近の川崎先生の作品はそれほど知らないが、昔に比べると少しあっさりとしてきてるかもしれない。
「巨人の星」や「イサム」の頃は、それだけ絶好調であり、油が乗り切っていた画風なのだろうなあと思う。
巨人の星はあまりにも有名な作品なのでご存知の方は多いだろうと思うが、「荒野の少年イサム」は読んだことがない方はけっこういらっしゃるのでは?
もし機会があれば、読んで・・・いやせめて「見て」みてください。
コマの隅々まで描かれた「絵の細かさ」に感心すること、うけあいなのです。
川崎のぼるさんの絵はやっぱり暑苦しいです。小さい頃、「田舎っぺ大将」が転んだりしたら、必ず暑苦しいくらいの絆創膏の描写。後年、「フットボール鷹」を読んで、星飛雄馬も顔負けの独善ぶり、暑苦しさ。さらに後年、「男の条件」を読んで、台所にある調味料を独善的に全部ぶちこんだみたいなクドさ。
例えて言うならば、せっかくきれいな木目と空間があるのに、全てペンキで塗りつぶしたような絵。だから、本流から隅へ隅へと追いやられたのだと思います。
時間の外にようこそ。
当時、1コマ1コマに細かく書き込みをする漫画家にはすごく私は惹かれてました。
画風は川崎先生とは違えど、背景描写が緻密な水木しげる先生や、つげ義春先生の絵にも惹かれ、マネをしてました。
背景で心理描写をしてたジョージ秋山先生や、自然風景の描き方が好きだった石井いさみ先生や白土三平先生、どろろでの手塚治虫先生も好きでした。
川崎先生に関しては、私のまわりでは川崎先生の絵柄を、しつこいと言ってる友達もいたのは事実でした。
イサムという作品での川崎先生の書き込みぶりは、執念すら感じてました。
近年の川崎先生の絵柄は、だいぶスッキリしてますね。
若い頃のあの細かさは、若さゆえのテンションがあったのでしょうね。