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愉しい触れ合いを目指してゆとりの有る人生を歩みましょう

平凡な日常生活にまつわる拘り情報、写真、並びに体験談等を交えて皆さんとの交流を深めて参りたいと思います。

広島原爆の蘇った記憶

2008-08-07 08:40:58 | Weblog
日本と一日遅れて今日は此方の8月6と云えば忘れもしないあの広島原爆の日から63周年目に入った日です。 日本のテレビニュースでも報道されていましたが、未だに忘れ去る事の出来ない最大の悲劇でした。現在も生存されている被爆者の平均年齢は75歳と言われていますが、 まさに親友のosamuさんや私達はその年齢層に属した運の良い生き残りで元気に過ごさせて頂いています。私の場合、皮肉にも当時憎かったアメリカに現在は籍を置きアメリカ一市民として余生を過ごしています。 7才上の兄は日本軍人として満州に派遣され終戦を迎えると同時にロシア軍の捕虜となって戦病死しました。ハワイ生まれの私達兄弟はアメリカと日本の2重国籍を持って広島で育ちました。私は終戦後、単独でハワイに戻りましたが、今度は南北朝鮮戦争のあおりを受けてアメリカ陸軍に属して朝鮮に派遣されていました。皮肉な運命の悪戯と云うべきでしょうか。広島の原爆は後「ピカドン」と呼ばれ知られる様になりましたが、当時私達は未だ世間知らずの中学1年生のほやほやでした。無数の同級生や上級生達が私達の身代わりになって大きい犠牲を払われました。 私が属していた当時の学徒動員のグループは前日の5日までは広島の中心部に近い場所で疎開して取り壊された家屋の後始末に奉仕させられていましたが、翼日の6日は上級生と交代された事で私達のグループは皆お休みを頂けたお陰で命拾いしたのでした。幸いに私達家族は山口県との県境に近い親戚の家に疎開していましたので原爆の灼熱と爆風は免れました。
広島市は確か2日3晩燃え続け毎晩真っ赤に染まった夜空を眺めていました。大人達の談話では広島には70数年間は草木も生えない土地となったと云う情報を流していました。私は広島市内が燃え尽きた頃、確か3日目と記憶していましたが、鉄道もやっと動き出していたので、単独で学校の安否を確認の為出掛けましたが焼け爛れた無数の無惨な死体と瓦礫の山で道は完全に塞がれ悪臭の為にやむ無く引き返しました。後から思えば、私は完全に中心部に近い所まで足を踏み入れて放射能を浴びた可能性も有ったのではないかと不安な気持ちでしたが、運良く被害は免れたようです。この悲惨な体験は一生記憶から忘れ去る事は無いでしょう。 合掌。

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原爆慰霊碑


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黒白の写真は原爆資料館の中で撮ったものです。
タグはnon_nonさんから拝借させて頂いています。

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5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
記念碑:デザイン (osamu)
2008-08-08 07:00:14
この記念碑と相生橋の手すりの笠木の端部は”イサム・野口”氏のデザインですね。当時大変話題になりました。
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osamuさんへ (ベン)
2008-08-08 09:28:16
デザインされた野口イサム氏の事は存じませんでした。有難うございました。 相生橋の方には未だ行って見ていません。 このブログに初めてTrack Backに載せられた方が居ました。 原爆に関する記事や写真が載せられていました。
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コメント有難うございました (菜花)
2008-08-08 17:56:06
ベンさんへ

初めまして。
先日Track Backだけさせて頂き、失礼しました。

原爆投下時、幸いに命を落とされることなく、お元気にお過ごしとのこと、お喜び申し上げます。
ただ、大変な時代を日米の間で過ごされたご様子、戦後生まれの私には想像もつかないご苦労をされた事と推察致します。

核兵器開発競争が進む各国。そして実際に新型核兵器が使われ、新たに子ども達を含む被爆者が続出している現状に、何とか一人でも多くの人に、核被害の恐ろしさを知ってもらいたい。そんな思いで試行錯誤しています。

ベンさんのように、事実を知っている方のお話は、私達にとって、とても貴重なものです。
どうかこれからも、いろいろと教えて下さい。
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菜花さんへ (ベン)
2008-08-10 10:45:52
再度ご訪問頂き有難うございます。此方こそ宜しくお願い致します。私はブログを始めて未だ2ヶ月で未熟者ですが、既に暖かい皆さんとの触れ合いが叶い今では完全にブログの世界の虜になっています。このラスベガスからご紹介出来る記事は限られておりますが、常に目配りをして頑張っています。長年此方で生活をしていますので日本の方達との交流を深めて参りたいと望んでいます。菜花さんの記事も拝見させて頂き充実した記事の内容に感動させられています。
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原爆忌 ()
2008-08-10 21:10:13
63回目の原爆忌、風化させてはならないのに、風化しています。
ベンさんのように原爆により多くの学友と故郷を亡くされた方の心情はかり知れません。

戦争体験の世代の私たちは、戦争の愚かさを伝え二度と繰り返すことのないようにしたものです。
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