「日本文化原論 真なる調和への道 」 美粋書房 横山俊一

私は神道や仏教を根にする伝統文化慣習に携わりました経験を軸に『日本文化原論』と題し執筆活動を展開しております。

基礎と専門の適正

2018-09-17 21:26:42 | 日記

 

これは「こうだったんですよ。」等と、各種歴史や知識を解説し、伝達する事を生業にされる職業が映る。知的欲求に対する一つのサービスを生み、需給構造が生まれる。個別限定の個々の関係について、泥棒をする原因や理由の有無などという事実関係の精査と認識へ及び、解説者の健全な基準像を柱に、相互の良し悪しを問いながら因果性の適正を整理して、歴史なる現象と集約し、伝達する作業が起こる。第三者の立場は、当事者での因果性に対して、だいぶ省略した現象と判定に及ばせる構図を生む。正確な現象の認識と伝達をもって事実関係の認識が広がり、それを土台にした歴史を作る働きを生む。過去の歴史から対象への心象や感性が形成される。あいつは、「泥棒だ」等と言うのも、過去の現象を指し泥棒なる性格を持つ対象への認識が広がり、泥棒相手の防御反応が作られる。どこまで、歴史家や解説者等という人の知見を重んじ、未来を作るか。そのまま頭脳的な歴史の伝達を信用するか。体や感性を通して対象者の性格について検証を果たし、質実を体験し対象の性格を付けられるか。当事者という立場での現象の形成と直接の体験にはない第三者等と言う社会関係が起こり、情報の形成と伝達における適正を問う観点が出現する。感覚や感性の出現と概念の形成と伝達という基礎動作の確認が進められ、個別現象における良好な作法や原理を浮かべ、個別を作る反応へ回る。

この基盤性の動作と運用に見る健全な感受性の所在が大本として働く。どこか根の気質が歪であると基礎動作も狂い、妙に力んだ自存欲求により、作法も崩れ歪な手法と欲求の実現へと外れる。自己の都合の良い情報に加工して、外界の利益よりも自己の利益を求める略奪性の生産に嵌る。利害関係者の想定と影響力に相応して、求められる利益概念と中身が想定される。この想定と著しく異なるような利益を追求されると、力と責務の不均衡性を招き、サービスと資源負担の適正を再考し、適正利益率を問い、売価と経費の適正へ及ばせ、エネルギーの投入に対する返還の適正に及び、過剰な暴利的な生産による精神性の悪化への修復に回る。盗みや詐欺を慢性的になされる歪な体質の出現について、根源的な基礎動作の適正と意図する欲求の健全性等と言う観点が現れ、基本尺度の見解が纏められる。それを基礎にして個々の現象に対面し、過不足の算定へ至る。この「健全な主体性原理」ともいう感性や基準が基礎を作る。

ジャーナリズム論、メディア論、文芸学、新聞論、等々、各領域の細分化と領域における適正なビジョンや概念が纏められ、領域に加わる際の初動的な共通基準を身につけるように欲求と充足の創造性が作られる。あまりに領域の利益追求に偏って、歪な領域観の形成と強要を求める態度に及んでいないか。分野に共通する基礎基盤性の原理を問い、個別限定性の領域への比較と評価を出現させる基礎と応用の原理が備わり、一方向の要望と需要に陥らぬ、相互的適正を見出す構図が生まれる。広く分母的常識としての基礎の厚みが備わり、個別特定領域観の適正を算定し、自己尺度と他者尺度との異同を浮かべて、普遍性と時々の共通性や個別性引き出す事に及ぶ。長期性を見据えた適正な観点と体系が備わり、歪性の強まりへの適正管理に回る。基礎基盤性の基準と、特定性の領域観についての在り方の認識が生まれる。基礎の歪な専門性に外れた現象が鮮明化する。適当な評価と扱いに進む。基礎基盤性の原理とそこから起こる全体性概念という面の健全性を問う事を合わせて、特定領域への適当な評価性を遂げる。これが長期的な原理と浮かび上がる。

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿