愛用の鞄は、だいたいB5を横にしたサイズで
いくつかあるとはいえ新調しても色が変わるくらいで
同じようなものに落ち着いてしまう。
「どうしてそんな鈍臭い大きさの鞄ばかりなの?」
と、不思議そうに尋ねられたことがある。
"鈍臭い大きさ" ってなんだ!?と、逆に
不思議なことを言うひともいるものだと思った。
財布とハンカチ、携帯電話と
ときどきペットボトルや傘、文庫本が入ればいいのだから
一番コンパクトで私にとっては使いやすい。
(同じサイズだと忘れ物にも気づきやすい。←そのわりに忘れ物番長・苦笑)
普通や当たり前だと過ごしていることが
そうではないのかもしれないと気づかされる "ひとこと" には
自分の横を猛スピードで風が吹き抜けていくような感覚がある。
それは不快だというのではなくて、衝撃や足元が揺らぐ眩暈に近い。
何年も経ってしまっても覚えている "ひとこと" は、
ほとんどそういう風を巻き起こされたものだ。
通り雨が過ぎるのを待ちながら鞄をかばいつつ
自分が持っている空気、リズム、スピード、方向などが
人とどのくらい違って、それは近づける必要があるものなのだろうかと
鈍臭く考えた休日の午後だった。
雨が上がる直前、右頬と左頬にあたる風の温度が変わって驚いた。
前線の真下にいたらしい。(ほんまかいな)
いくつかあるとはいえ新調しても色が変わるくらいで
同じようなものに落ち着いてしまう。
「どうしてそんな鈍臭い大きさの鞄ばかりなの?」
と、不思議そうに尋ねられたことがある。
"鈍臭い大きさ" ってなんだ!?と、逆に
不思議なことを言うひともいるものだと思った。
財布とハンカチ、携帯電話と
ときどきペットボトルや傘、文庫本が入ればいいのだから
一番コンパクトで私にとっては使いやすい。
(同じサイズだと忘れ物にも気づきやすい。←そのわりに忘れ物番長・苦笑)
普通や当たり前だと過ごしていることが
そうではないのかもしれないと気づかされる "ひとこと" には
自分の横を猛スピードで風が吹き抜けていくような感覚がある。
それは不快だというのではなくて、衝撃や足元が揺らぐ眩暈に近い。
何年も経ってしまっても覚えている "ひとこと" は、
ほとんどそういう風を巻き起こされたものだ。
通り雨が過ぎるのを待ちながら鞄をかばいつつ
自分が持っている空気、リズム、スピード、方向などが
人とどのくらい違って、それは近づける必要があるものなのだろうかと
鈍臭く考えた休日の午後だった。
雨が上がる直前、右頬と左頬にあたる風の温度が変わって驚いた。
前線の真下にいたらしい。(ほんまかいな)
前線の真下にいたらしい。・・・するどい観察力・感受性ですね。お元気ですか(^^)
こないだ京都コンサートホール
鞄と言えば私の往診鞄、5年も経って擦り切れてきています・・・でも捨てられない。鞄って身体の一部になるものですよね。ということは私の身体も擦り切れ・・・てきたのね。
私も、今年の第九は歌わずに聴く側になりました。舌はだいぶ動くようになりましたが、多分もう一生巻けません(^^;
鞄はついつい似たようなものばかり選んでしまいます。小さいくせに意外に重い、と、よく言われます(笑)
さてこの前線の話は、私ではなく偶然一緒にいた人が「ほら風が変わったでしょう」と教えてくださったのです。いつも適当な感じで、ホンマかいな、というお話で笑わされているので、それも怪しいものですが、たぶん本当だと信じています、ちょっと感動したのでした。単純なんです、相変わらず(笑)。
先生、秋の健診でお忙しい時期なんじゃありませんか?おいしいもの食べて、患者さまの癒しの笑顔でいてくださいね~(^^)秋の奈良はきっと綺麗なんでしょうね。