1)
薫風が柔らかな春の芽の香りを、自宅の緑が深い庭に運ぶ候。
待ちに待った来賓を知らせるチャイムが、部屋に響いた ———
「 はぁい!」
その日、独りで留守番をしていた祀風部 りりか ( しなとべ りりか )は、
待っていましたとばかり、南向きの玄関の扉を開いた。
部屋の奥から出てきたのは、アイドルばりの顔立ちの小柄で華奢な美少女で、
配達員も呆気に取られている。そんな少女は、読者モデルをしてまで稼いだ
バイト代を費やして購入した中身が入った、二十センチ四方、高さ十センチ
ほどの平らな段ボール箱に、無造作に載せられた配達記録の欄内へ、予めに
持ち合わせのシャチハタ判を押して、箱を引き取ると自室へ…。
「 来た、来た…。」
りりかは、ビニール袋に入った中身が二つあることを、確認して、
満足したように微笑み、三日前の出来事を思い出していた。
2)
りりかが一日の大半を過ごす、二階打ち抜きの二十畳はある広い部屋の床は、
現在、色とりどりのゴム風船が、春の花園のように敷き詰められていた。
すぅっ…、ぷぅぅ~~~っ!
すぅっ…、ぷぅぅ~~~っ!
すぅっ…、ぷぅぅ~~~っ!
規則正しい呼吸と共に、りりかの愛らしいくちびるに添えているダイヤモンドクリアの
3フィート大までふくらむゴム風船が、彼女の吐息を吹き込まれ、徐々に大きく育っていく。
すぅ…、ぷぅぅぅぅぅっ!!!
姫系のシングルベッドの上で、女の子座りをしているりりかは、恍惚の表情で、
八十センチ大まで、ふぅふぅと時間をかけて、丸くふくらまし、一旦だが、
ぷはぁっ…♡
と、吹き口に密着させていた薄紅色の唇を、風船から離し、自由にしてから、
風船の口元を軽く広めの紐で縛り、優しく両手で包み込むように風船を抱く。
じっと、しばらく、矯めつ眇めつ、風船を眺めてから、やおら、
ちゅっ♡
と、風船の柔らかなゴム幕に口づけると、堰を切ったように…、
ん…ちゅっ♡…ちゅっ♡
と、風船に隈なくキスの嵐を与え、
「 ん、あはぁ…。」
などと、たまに艶っぽい声を出して、
ちゅっ♡
と、何度目かのキス。
「 ん~…?まだ、大丈夫そ、かも?」
りりかは、やや不満げに、ひゃぁぁっと咽喉を鳴らして、
空気を思い切り吸い込み、肺にいっぱいに満たすと、
んぷ…、ぷぅぅぅぅぅっ!!!
すぅ…、ぷぅぅぅぅぅっ!!!
すぅ…、ぷぅぅぅぅぅっ!!!
すぅ…、ぷぅぅぅぅぅっ!!!
間断なく、90センチ近くまで、吐息を吹き込んで、
一旦、風船を口元から離さないままに、休憩して、
『 もう、ダメだよぉぅ…。』
という風船の声がするけど、もうちょっと頑張ってと、
励ましながら、りりかは、最後の吐息を、風船に込めた。
すぅ…、ぷ…、ぷぷぅぅぅぅぅっ!!!
刹那、ぼんっという爆ぜる音がして、風船が破裂し、
りりかは、魂が抜けたような虚無感を抱きながら、
( もっと大きくふくらむ、代わりの子がいればなぁ…。)
そう、強く感じ、階下のパソコンの電源を入れた。
3)
そして、今日、巨大風船が、りりかの手元に届いたのだった。
【つづく】