1)
雷が激しく鳴る暴風雨の中で、未だに、ズミューアは、左右の首同士で争っていた。
もう、まる一日は争っている。クオラは、ズミューアを見ていることに飽きたので、雨宿りをしている洞窟を散策してみることにした。
黄色の魔法の風船を、ぷぅぷぅとふくらまして、光の魔法を発動させると、松明代わりに光って浮かんでいる風船を手に、奥へと歩を進めてみる。
「 魔物は、いないみたいね。タフィ。」
「 たぶん、ズミューアを恐れて近寄ってこないのよ。左の首の牙には猛毒があるし、天候も操れるしね。」
「 ふぅん…。あれ?石碑かな?」
近寄ってみると、石碑には文字が記されているようだが、クオラには読めない。だが、タフィには読めたみたいで。
「 ふぅん、この森に来たりし、相違う者…
うんうんと、クオラは、タフィの話を聞きながら、何気に石碑の裏を覗いてみると、
「 あっ!」
と、大声をあげた。
「 …裁きの竜の双首となりて、死をもって、罪を問わん…って書いてるわね。って、何よ?!大声だして。」
「 たふぃ、石碑の陰に、アイリスとシスターが…。って、今なんて言ったの?」
お互いに、驚いた声を出して見つめあうタフィとクオラ。
「 裁きの竜の双首となって、だよ。」
青ざめた顔で、死んだように眠るアイリスとシスターの身体を見ながら、タフィはクオラに告げる。
「 違う、その続きよっ!」
いつになく、慌てた様子でクオラはタフィに詰め寄った。
「 ぇと、死をもって、罪を問わん、だったっけ?え?つまり…。」
「 あの、外で争っているズミューアは、この子たちってこと。」
クオラは、そう断言する。しばらく間を開けて、タフィは重い声で言った。
「 やばいわね。止めないと…。お姉さん、冷や汗でてるわ。
ほっとけば、死ぬまで争い続けるわよ。」
「 どうやって、止めるのよ。竜の言葉なんか、話せないわよ。」
二人で、重い空気を引きづりながら、クオラとタフィは、相談を重ねる。
2)
アイリスとシスターが、裁断の森へと足を踏み入れたのは、クオラたちが行く数日前のことだった。
シスターの案内で、洞窟の中へと入り、石碑の前に立った。どちらが正しいのか決めてもらいたくて、
伝説の裁断の森へと、判断を委ねたのだった。そうして、気づくと、闇の中で二人、口論していた。
「 分からない人ですね、貴女は。どうして、そう争いに持っていくのですか。このテロ女っ!」
「 テロ女って、なによ!この偽善者!強いものが、すべてを奪って何が悪いの!」
「 少しは、弱者のことを考えてください!この冷血乙女!」
「 れ、冷血って…。実現不可能な事を言って、脳内お花畑でいる夢見るおバカよりはましよ!」
「 実現不可能じゃありません!弱肉強食は、なくすことはできます。」
「 無くなるわけないでしょ。自然の摂理なのよ。摂理。無理って言ったら、無理なの!」
「 無理じゃありません!」
「 強情な子ねぇ。」
「 貴女ほどじゃないですぅ。」
と、いう具合にいつ終わるとも知れない論争を、彼女たちは続けていた。
3)
ズミューアの首同士の争いは、未だに続いていた。
「 はぁ~っ。どうしろっていうのよ。」
再び、洞窟の入り口にクオラとタフィは戻り、未だに首同士争っているズミューアを見上げて、愚痴をこぼしつつも観察していると、あることに気付いた。
それは、奇妙なことに、この森の中に開けた、この場所でしか異常気象は起きていないという事実だった。
「 これは…。結界ね。結界を張って、左の首が発しているマイナスの影響を軽くしようとしている?」
「 右の首が?」
疑問でいっぱいの表情をして、クオラは、タフィに尋ねると、こくんと頷くように、
風船の身体を縦にゆらして、彼女は断言した。
「 そう、右の首が。とは言え、それが分かったから、どうよ?って話なんだけど…。」
タフィは、説明を続けようとして、急に首同士が静かになったことに感づいた。
「 えっ。何?」
クオラは、タフィが見上げる先に視線を移すと、左の首が右の首に噛みついていた。
「 やばい、このままだと、毒がまわっちゃう。」
「 右の首に?」
「 そうだけど、よく考えてね?クオラ。」
タフィは、真面目な口調で顔に疑問符を貼り付けているクオラを諭した。
「 よく考えてって…。」
と言いながら、クオラはズミューアの全身を眺めまわし、重要な事に気付いて、
短く声を発する。
「 あっ!身体で一つに繋がってるから、このままだと全身に毒が回っちゃう。」
かなり危ない状況にあることに気付いたクオラは、それが分かったからといって、
どうにもならない事に気付く。だが、悪いことは続くものだ。
4)
クオラたちが異変に気付く、その数時間前のこと、シスターがその異変に気付いたのは、
アイリスと言い合うだけ言い合った末に、このまま、がなりあっていても、埒を明けないと
思い、ひとまず、落ち着こうとしたときのことだった。
ふぅっと、短く息をつき、改めて周囲を観察すると、妙なことになっている。
「 えっ?!わっ?!」
自分の視界が、横方向に、三百六十度、高い位置から、全方位に確認できている。
足元を見ると、硝子張りの床にでも立っているかのように、心もとない。
つまり、魔法も使わずに、生身で、森の中、宙に浮いていた。
「 どうしたの?おかしくなった?」
対面にいるアイリスが、訝し気な視線を、シスターに送っている。
「 おかしくなってないし。てか、私、宙に浮いてるの。」
現状を素直にアイリスに報告するが、何かヤバい人を見る目に彼女はなって、すすすっと、
シスターから距離を置こうとして、アイリスも周囲の異変に気付いたようだった。
「 あっ?あれっ?真っ暗じゃない。どこよ?ここ?」
アイリスは、きょろきょろと周囲を見回し、先ほどとは一転して、不安げな表情をみせた。
「 えっ?アイリスさんは、周囲が真っ暗に見えてるの?」
「 えぇ。シスターは違うの?」
シスターは、こくりと頷いて、宙に浮かんでると、改めて、説明をする。
「 場所は、裁断の森で間違いないみたいだけど、なんで、外にいるのかしら?」
「 さぁ?シスターに連れられて、洞窟の奥まで入ったことは覚えてるけど。
とにかく、外の様子は分かるのね。シスター。」
「 えぇ。なんか、すごいことになってるわよ。天気が。」
どうやら、急にゲリラ豪雨が降ったかと思えば、カンカン照りの晴れ間になったり、
かと思えば、北国かと思えるほどの豪雪が降ったり、とにかく、乱れ切ってるらしい。
「 いったい、私たち、何に巻き込まれているのよぉ。」
アイリスが、頭を抱えて悩みだすと、再び天候が変化して、滝のような雨が降り出した。
「 それを考えるんでしょ?しっかりして。」
シスターが、アイリスを諭すと、あれほど猛威を振るっていた豪雨が、ぴたりと止まった。
「 えっ?」
今の不可思議な事象を見逃さず、何かに、シスターは気づいた。
「 ど、どうしたの?」
不安げに問うてくるアイリスを、脇にシスターは思案投げ首に、
( アイリスさんが、愚痴ると天候が変わって、あたしが諭すと天候が戻った。)
「 ……ということは、何かが、私たちの心と連動している?」
と、つぶやいた。確信とまではいかないが、どうやら、シスターの行動が、
現状を打破するカギを握っているらしい。そう結論づけると、一旦、この話題は脇に置いて
アイリスとの共闘を具申することにする。あんまり、寡黙を押し通すシスターに、アイリス
は、我慢できずに突っかかった。
「 ちょっと、黙られたら、不安になるじゃない。何か、しゃべってよ。」
「 あ、ごめんなさいね。
ちょっと、現状を打破できそうな案があるんだけど…。」
シスターは、きょとんとした表情のアイリスと仲直りすべく、行動に出る。
「 乗ってみる?」
そう言った直後、シスターは、苦しそうに心臓を押さえ、ばたんと倒れた。
【つづく】
雷が激しく鳴る暴風雨の中で、未だに、ズミューアは、左右の首同士で争っていた。
もう、まる一日は争っている。クオラは、ズミューアを見ていることに飽きたので、雨宿りをしている洞窟を散策してみることにした。
黄色の魔法の風船を、ぷぅぷぅとふくらまして、光の魔法を発動させると、松明代わりに光って浮かんでいる風船を手に、奥へと歩を進めてみる。
「 魔物は、いないみたいね。タフィ。」
「 たぶん、ズミューアを恐れて近寄ってこないのよ。左の首の牙には猛毒があるし、天候も操れるしね。」
「 ふぅん…。あれ?石碑かな?」
近寄ってみると、石碑には文字が記されているようだが、クオラには読めない。だが、タフィには読めたみたいで。
「 ふぅん、この森に来たりし、相違う者…
うんうんと、クオラは、タフィの話を聞きながら、何気に石碑の裏を覗いてみると、
「 あっ!」
と、大声をあげた。
「 …裁きの竜の双首となりて、死をもって、罪を問わん…って書いてるわね。って、何よ?!大声だして。」
「 たふぃ、石碑の陰に、アイリスとシスターが…。って、今なんて言ったの?」
お互いに、驚いた声を出して見つめあうタフィとクオラ。
「 裁きの竜の双首となって、だよ。」
青ざめた顔で、死んだように眠るアイリスとシスターの身体を見ながら、タフィはクオラに告げる。
「 違う、その続きよっ!」
いつになく、慌てた様子でクオラはタフィに詰め寄った。
「 ぇと、死をもって、罪を問わん、だったっけ?え?つまり…。」
「 あの、外で争っているズミューアは、この子たちってこと。」
クオラは、そう断言する。しばらく間を開けて、タフィは重い声で言った。
「 やばいわね。止めないと…。お姉さん、冷や汗でてるわ。
ほっとけば、死ぬまで争い続けるわよ。」
「 どうやって、止めるのよ。竜の言葉なんか、話せないわよ。」
二人で、重い空気を引きづりながら、クオラとタフィは、相談を重ねる。
2)
アイリスとシスターが、裁断の森へと足を踏み入れたのは、クオラたちが行く数日前のことだった。
シスターの案内で、洞窟の中へと入り、石碑の前に立った。どちらが正しいのか決めてもらいたくて、
伝説の裁断の森へと、判断を委ねたのだった。そうして、気づくと、闇の中で二人、口論していた。
「 分からない人ですね、貴女は。どうして、そう争いに持っていくのですか。このテロ女っ!」
「 テロ女って、なによ!この偽善者!強いものが、すべてを奪って何が悪いの!」
「 少しは、弱者のことを考えてください!この冷血乙女!」
「 れ、冷血って…。実現不可能な事を言って、脳内お花畑でいる夢見るおバカよりはましよ!」
「 実現不可能じゃありません!弱肉強食は、なくすことはできます。」
「 無くなるわけないでしょ。自然の摂理なのよ。摂理。無理って言ったら、無理なの!」
「 無理じゃありません!」
「 強情な子ねぇ。」
「 貴女ほどじゃないですぅ。」
と、いう具合にいつ終わるとも知れない論争を、彼女たちは続けていた。
3)
ズミューアの首同士の争いは、未だに続いていた。
「 はぁ~っ。どうしろっていうのよ。」
再び、洞窟の入り口にクオラとタフィは戻り、未だに首同士争っているズミューアを見上げて、愚痴をこぼしつつも観察していると、あることに気付いた。
それは、奇妙なことに、この森の中に開けた、この場所でしか異常気象は起きていないという事実だった。
「 これは…。結界ね。結界を張って、左の首が発しているマイナスの影響を軽くしようとしている?」
「 右の首が?」
疑問でいっぱいの表情をして、クオラは、タフィに尋ねると、こくんと頷くように、
風船の身体を縦にゆらして、彼女は断言した。
「 そう、右の首が。とは言え、それが分かったから、どうよ?って話なんだけど…。」
タフィは、説明を続けようとして、急に首同士が静かになったことに感づいた。
「 えっ。何?」
クオラは、タフィが見上げる先に視線を移すと、左の首が右の首に噛みついていた。
「 やばい、このままだと、毒がまわっちゃう。」
「 右の首に?」
「 そうだけど、よく考えてね?クオラ。」
タフィは、真面目な口調で顔に疑問符を貼り付けているクオラを諭した。
「 よく考えてって…。」
と言いながら、クオラはズミューアの全身を眺めまわし、重要な事に気付いて、
短く声を発する。
「 あっ!身体で一つに繋がってるから、このままだと全身に毒が回っちゃう。」
かなり危ない状況にあることに気付いたクオラは、それが分かったからといって、
どうにもならない事に気付く。だが、悪いことは続くものだ。
4)
クオラたちが異変に気付く、その数時間前のこと、シスターがその異変に気付いたのは、
アイリスと言い合うだけ言い合った末に、このまま、がなりあっていても、埒を明けないと
思い、ひとまず、落ち着こうとしたときのことだった。
ふぅっと、短く息をつき、改めて周囲を観察すると、妙なことになっている。
「 えっ?!わっ?!」
自分の視界が、横方向に、三百六十度、高い位置から、全方位に確認できている。
足元を見ると、硝子張りの床にでも立っているかのように、心もとない。
つまり、魔法も使わずに、生身で、森の中、宙に浮いていた。
「 どうしたの?おかしくなった?」
対面にいるアイリスが、訝し気な視線を、シスターに送っている。
「 おかしくなってないし。てか、私、宙に浮いてるの。」
現状を素直にアイリスに報告するが、何かヤバい人を見る目に彼女はなって、すすすっと、
シスターから距離を置こうとして、アイリスも周囲の異変に気付いたようだった。
「 あっ?あれっ?真っ暗じゃない。どこよ?ここ?」
アイリスは、きょろきょろと周囲を見回し、先ほどとは一転して、不安げな表情をみせた。
「 えっ?アイリスさんは、周囲が真っ暗に見えてるの?」
「 えぇ。シスターは違うの?」
シスターは、こくりと頷いて、宙に浮かんでると、改めて、説明をする。
「 場所は、裁断の森で間違いないみたいだけど、なんで、外にいるのかしら?」
「 さぁ?シスターに連れられて、洞窟の奥まで入ったことは覚えてるけど。
とにかく、外の様子は分かるのね。シスター。」
「 えぇ。なんか、すごいことになってるわよ。天気が。」
どうやら、急にゲリラ豪雨が降ったかと思えば、カンカン照りの晴れ間になったり、
かと思えば、北国かと思えるほどの豪雪が降ったり、とにかく、乱れ切ってるらしい。
「 いったい、私たち、何に巻き込まれているのよぉ。」
アイリスが、頭を抱えて悩みだすと、再び天候が変化して、滝のような雨が降り出した。
「 それを考えるんでしょ?しっかりして。」
シスターが、アイリスを諭すと、あれほど猛威を振るっていた豪雨が、ぴたりと止まった。
「 えっ?」
今の不可思議な事象を見逃さず、何かに、シスターは気づいた。
「 ど、どうしたの?」
不安げに問うてくるアイリスを、脇にシスターは思案投げ首に、
( アイリスさんが、愚痴ると天候が変わって、あたしが諭すと天候が戻った。)
「 ……ということは、何かが、私たちの心と連動している?」
と、つぶやいた。確信とまではいかないが、どうやら、シスターの行動が、
現状を打破するカギを握っているらしい。そう結論づけると、一旦、この話題は脇に置いて
アイリスとの共闘を具申することにする。あんまり、寡黙を押し通すシスターに、アイリス
は、我慢できずに突っかかった。
「 ちょっと、黙られたら、不安になるじゃない。何か、しゃべってよ。」
「 あ、ごめんなさいね。
ちょっと、現状を打破できそうな案があるんだけど…。」
シスターは、きょとんとした表情のアイリスと仲直りすべく、行動に出る。
「 乗ってみる?」
そう言った直後、シスターは、苦しそうに心臓を押さえ、ばたんと倒れた。
【つづく】