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最近、寝る前のひと時、YouTubeで向田邦子のエッセイの朗読を聴いている。
1話数分であるのだけれど、最後まできちんと聞くことなく寝入ってしまうことも多く、入眠時のBGMとしては落語よりも良いと感じる。
エッセイは、壇ふみ女史の書いたものも非常に面白く、彼女の朗読もまた良いので、ご自分のエッセイを朗読してくれるのなら、ぜひ聴いてみたい。
昨日、知人が主催する朗読会を聴きに出かけた。
その方は長らくラジオでアナウンサーと活躍していた方で、以前、話し方の短期講習会に参加したことがある。
朗読のお教室を開いていて、今回はその生徒さんたちによる発表会であった。
テーマは佐野洋子。
彼女のエッセイのなかから、生徒さんが好きなものを選んで朗読するという形式だった。
これまで佐野洋子のエッセイは読んだことがなく、今回の朗読で聞くのが初めてであった。
個人的には向田邦子のほうが好みであった。
色々な人の朗読を生で、続けて聞いてみたらば、気づいたことがいくつかあった。
文章そのものが面白く、巧みであれば、朗読者の力量の少なさをカバーする。
逆に、聴いている側にとってあまり魅力的でないと感じる文章でも、朗読者の巧さでもって、最後まで聴かせることができるものなのだと、会の最後の先生の朗読を聞いていて思った。
まず何を演るかという選択は、演ずる人の好みが反映され、かつ、出来を左右するポイントでもあり、聴いている人に伝えようとする姿勢や、そして没頭せず、客観的な視点を保ちつつ演ずることの大切さは、音楽と共通しているのではないかと思った。
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