真似屋南面堂はね~述而不作

まねやなんめんどう。創業(屋号命名)1993年頃。開店2008年。長年のサラリーマン生活に区切り。述べて作らず

昭和天皇ご自身による「天皇論」半藤 一利【著】五月書房(2006/03発売)

2022-03-27 | 読書-歴史
昭和天皇ご自身による「天皇論」

目次
昭和という時代と李香蘭
陛下ご自身(昭和天皇)による「天皇論」
「二・二六事件」を鎮めた不退転の決意
昭和天皇―開戦と終戦
弔いを弔う
「ノーブレッス・オブリージェ」のすすめ
ふわぁとした言葉
もう一つの聖断―陸軍細菌作戦はかく中止された
外国人のみた天皇―戦争終結前後を中心に

早くも翌年、講談社文庫化
『昭和天皇ご自身による「天皇論」』(半藤 一利):講談社文庫 製品詳細 講談社BOOK倶楽部

アスティオンなどに出た半藤氏の論考を集めたもので、あとがきのみ書下ろしの由。

文庫版で訂正されているのかどうか未確認だが、重箱の隅。
「アスティオン」にでたものなので、そのまま引っ張ってくるだけでいいと思った?

p20 「昭和という時代と李香蘭」 で、
「引返せる地点」に"ターニング・ポイント"とルビを振っているが、違うでしょ。
ターニング・ポイントは、転換点/変針点でしょ。
この地点まできたら進路を○○度から△△度に変える、やつ。

ポイント・オブ・ノー・リターン(残燃料などの事情でその地点からは出発点に引き返せない。もう当初目的地などまで行くしかない。回帰不能点・帰還不能点)と言いたかったのでは?
point of no returnとは
turning pointとは

p106 「弔いを弔う]で、
昭和天皇の葬儀が「昭和六十四年二月二十四日」に行われたとの記載だが、違うでしょ。
昭和は昭和帝崩御日の1月7日までであり、翌8日から平成なのだよ。
「もう昭和ではないが、敢えて昭和で表記すれば」との意味ならば、そのように書くべきであるところ、そうはしていないのは変。

昭和64年(~1月7日)
平成元年(1月8日~)
「平成」改元を発表 1989年1月7日は土曜だった。
なお、当時まだ完全には週休二日制になっていない会社も多かったのね。
南面堂は当時在籍していた出向先が全部土曜休みだったのだが、出向元会社は、第2、第4土曜が休みで、第1、第3、第5は出勤日だった。
1月7日は第1土曜なので、出向元の同僚たちは出勤していた。

昭和天皇 崩御

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