置かれた場所で咲く

教育のこと、道徳のこと、音楽のこと、書籍のこと、つれづれ、あれこれ

ブログ再開

2023-10-27 05:29:12 | 子ども観
うちの上の子が文字を書き始めた。

もうすぐ5歳の1月生まれの女の子。
幼稚園の同級生は、4月の段階で文字を書いていた子が多かったようだから、どちらかというと遅い方かもしれない。
でも、教えなかった。
教える必要がないと思っていたから。

でも、本は読むようにしていた。
「読んで!」と言われるときもあったし、読む?と声をかけることもあったが、毎日読んだ。
文字に触れていた。

突然始まった、彼女のプロジェクト。
「(わたしの)お名前書いて!」から始まり、お友達の名前、だいすきというお友達へのメッセージ。
小1担任もしていたから、書くのが簡単な字と難しい字があることもわかってる。
でも、彼女が求める順に教えた。
難しい字は書き順やマスを意識して書くよう促した。

そして今、少しずつ書けるようになってきてる。

その子がその世界に興味をもつことを待つ。
もしも困ったら、スモールステップで手を差し伸べる。
学びと教えのバランスはその子に応じて異なる。
啐啄同時。
これが教育の原点だと思う。

鈴木惠子先生「を」学ぶ

2023-03-30 22:08:16 | 子ども観
【鈴木惠子先生「を」学ぶ】
今までの幾多もの出会いがわたしの人生を創ってきてくれましたが、25日の出会いは間違いなく、わたしの人生観の変革を起こしてくれたと確信しています。

小学館の白石さんが企画された、鈴木惠子先生のセミナーに参加しました。

人の生き方は、その人が纏う空気と表情でわかります。 

毎日難しいこと考えている人は、額に皺が寄る。
毎日面白いことを探している人は、目尻に皺が寄る。
口角と頬は日常での発話数、口の動かし方や食事で変わってきます。
年齢を重ねるほど、生き方は空気と表情に出るのです。

鈴木先生の第一印象は、真っ直ぐな生き方をしている方。
伸びた背筋と柔らかい表情、初対面にもかかわらず自分を開きたくなる空気を纏った方でした。

でも、講座を受けてわかりました。
真っ直ぐな生き方どころではない。
どこまでも貫く方であり、厳しい方であり、恐ろしいほど言を成す方。
そして、人の心の痛みを人一倍感じ取れる方。

授業ビデオ。
詳細は語りませんが、約30年前に8ミリで撮られた映像から溢れる子どもたちの熱量に、頭を殴られるような衝撃を受けました。

鈴木先生の視線の先にあるのは、話し手でもねらいでもないのです。
「その子」が発した言葉を聞き手の子どもたちがどのように受け止めているか。
授業は「子どもがつくる」ことをとことん貫く姿がそこにありました。

そして、そのあとの講座。
わたし自身のことで恐縮ですが、今までとことん問いにこだわって授業をつくり、講座をつくってきました。
質の高い問いこそが、思考を深めて世界の見え方を変えると思っていたからです。

でも、授業ビデオを拝見したあとの講座では、今までにない体験をしました。
鈴木先生はわたしたちに、問いを投げかけることはほぼありませんでした。
先生の口から出てくるのは、6年生の1年間の子どもたちの事実だけ。
それなのに、聞けば聞くほどわたしの思考は深まり、記録するペンは全く止まりませんでした。
もちろん、逐語録ではありません。
わたしの思考が止まらないのです。

講座中に記録したノートは13ページ、そのあと書いたリフレクションは3ページ。
先生が語られた、授業や日常の中で子どもたち同士が心を紡ぐ姿はまさに、合科的な道徳教育でした。

さらに、その圧倒的な子どもの事実の中に出てくる鈴木先生と、エピソードに基づいた鈴木先生のお考え、そして質疑中の質問に答えてくださる鈴木先生。
全てにおいて見える、恐ろしいほどの一貫性。
これほどまでぶれない方がいるのだという衝撃に震えました。

わたしがこの講座で学んだのは、枝葉のスキルでも方法論でも学級づくりでもありません。
純粋に目の前の子どもたちの幸せを願い
子どもたちのもっている力の大きさに敬意を表し
そんな子どもたちのすべてを最大限に引き出そうとする
「鈴木惠子」先生という人、そのものでした。

もちろん今まで、そのときできる最大限をやってきたけれど、それでも自分の子どもたちへの向き合い方に対する問いは残りました。
わたしが今まで使っていた「覚悟」「理解」という言葉と、鈴木先生から見えた「覚悟」「理解」、その言葉の背景の厚みには、天と地ほどの違いがありました。

同時に
WBCで大谷選手が語った「憧れてしまったら超えられない」。
7つの習慣でコビ―が語る「全てのものは2度つくられる」。
これらの言葉を思い出しました。

鈴木惠子先生、そして同じ会場でお会いした、繋がりある素晴らしい先生方。
全ての出会い
同じ場で学びを深められたこと
心から感謝しております。

そして
わたしは必ず、あの日描いた子どもたちの姿を、自分の目の前の子どもたちの姿として実現させます。

子どもの「好き」と「こだわり」に好意を寄せる

2023-03-26 14:02:39 | 子ども観
伝説の教師、鈴木惠子先生のセミナーに参加させていただきました。
そのときの所感はまた改めて書きます。
鈴木先生のセミナーを受けた翌日、Facebookで川上先生のこのような記事を見つけました。

”子どもの「好き」と「こだわり」に好意を寄せる”

1月から受け持っている特支の子たち。
あぁ、そうだなぁ。
納得。
と思えるところがたくさん。
備忘録。

「発達につまずきのある子どもと関わる際に行き詰まりを感じたら、まずはその子が好きな人や好きなことについて理解し、それを共有することから始めてみてください。」

「そのきっかけや理由を知り、理解を示すことが大切です。」
「なぜなら、人は自身のこだわりや好意を寄せてくれる人に対しては心を開きやすくなるものだからです。」
「子どもたちとの豊かな関わりは、そこから始まります。」

「子どもたち一人一人の「好き」が理解できたら、次はそれぞれの「安心」のつくりかたにも興味をもってみましょう。大抵は、その子がこだわっていることの中に安心のヒントが隠されています。」

好きと安心の理解。
好きへの理解は今まで意識してたけど、安心への理解は意識が薄かったなぁ。
こだわりから安心を見つける。
感情が波打つところを波打たないように押さえるのではなく、穏やかに過ごせる場所を探す。

やっぱり特別支援学級は個別最適な学びの最先端です。
川上先生、いつもたくさんの学びをありがとうございます。

子どもの世界を垣間見る

2023-03-17 22:25:19 | 子ども観
子どもと関わってると、ふと「その子がわたしの世界に入ろうとする瞬間」を感じることがある。
 同時に、その子の世界を開いてわたしを招き入れてくれる。

 無理にこじ開けるでもなく、呼吸のように、ごく自然に入ってくるんだ 。

こういうときって大抵、その前にトラブルが発生してて、その子の困り感が高めのとき。

 「手の内に入る」って言い方をする人もいるかもだけど、 「呼吸が合う瞬間」って捉えたい。

 2ヶ月半、特支の子たちと関わらせてもらって、それを切に感じた。

子どもでも大人でも、ちらっと見える「その人の世界」を覗いたり、ちょっとだけ入れてもらったりすることが、単純に嬉しい。 

自分だけでは絶対見えない相手の世界、それを慈しんで面白がれる人になりたいな。