本日は自宅にてオンライン鑑賞。コンペ作品のイラン映画『ジャスト 6.5』です。
『ジャスト 6.5』(画像はペルシア語ポスターを除きいずれも© Iranian Independents)
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2019年/イラン/ペルシア語/135分/原題:Metri Shesh Va Nim
監督:サイード・ルスタイ
出演:ペイマン・モアディ、ナヴィド・モハマドザデー、ファルハド・アスラニ
警察官が数人、塀に囲まれたある建物にレイド(強制捜査)をかけるシーンから、映画は始まります。何重にもなっている入り口の扉を壊して入り、捜査しようとしていると、部長刑事のサマド(ペイマン・モアディ)は屋上から飛び降りて逃げる男を発見。しつこく追跡しますが、男は工事現場の塀を乗り越えて向こう側へ。ところが、男が飛び降りた所には深い穴がうがたれており、飛び降りた男の上にブルトーザーが土を埋め立てます...。そんな苛烈な捜査が続くのは、サマドらが麻薬の密売組織を追っているからでした。時にはホームレスの人々が暮らす土管を積み重ねたスラムに乗り込み、麻薬中毒の男女多数を署に連行したり、売人の家に乗り込んで証拠の品を探したり。後者では妻が「夫は買い物に行っています。私と子供は何も知りません」としらを切っていたのが、麻薬犬が妻にほえかかり、妻の体から証拠品が、といったように、いずれの事件も一筋縄ではいきません。今回空港で逮捕したのは麻薬を飲み込んでいた男たちで、売人の元締めは高級マンションに住むナセル・ハクザド(ナヴィド・モハマドザーデ)という男でした。ナセルの超豪華なマンションに令状を持って訪れたサマドや同僚のハミドらは、テラスの湯船につかって意識をなくしているナセルを見つけます。病院で手当てした後逮捕し、留置場に連れて来られたナセルは、サマドを買収しようとしたり、こっそりと携帯電話を持ち込んでいる男から電話を借りて、「ジャパニーズ・レザー」と呼ばれる男に連絡を取ったりします。サマドらもあの手この手で応戦し、やっと罪を立証して、判事から判決を引き出します。麻薬売買の元締めであるナセルへの判決は、「死刑」でした。刑の執行前にはナセルの両親や兄弟姉妹、その子供ら一族郎党が面会に訪れ、ナセルのお金で留学できたことや、子供がいい学校に通えていることを涙ながらに感謝します。そしてある晩、刑が執行されました...。
長々とストーリーを書きましたが、日本語字幕で見たのならさらにもっと細かく書けたと思います。とても面白い作品だったのですが、ものすごい会話応酬劇で英語字幕ではとても読み切れず、ナセルが逮捕されて以降はよくわからない点が多かったのです。ナセルが警察到着直後に指紋がはっきりと出ないよう指先を傷つけようとし、それに気づいたハミドがサマドに告げた結果、そのまま指紋が採取されるのですが、記録によると同じ指紋の男がすでに死刑になっていることが判明します。その事実がその後どうなったのか等々、フォローできない点が多々ありました。ですが、非常によくできた作品で、2時間14分の映画を途中で巻き戻したりしながら、4時間ぐらいかけて楽しんでしまいました。その面白さの理由は主として、麻薬の元締めナセルを演じたナヴィド・モハマドザーデ(資料には「モハマドザデー」となっていますが、正確には「ナヴィード・モハマドザーデ」だと思います)の魅力でした。サマドを演じたペイマン・モアディ(ペイマーン・モアーディー)は、『別離』(2011)の夫役で日本でも知られていますが、彼と互角に渡り合う演技力は並のものではありません。
ナヴィド・モハマドザーデはゲストとして来日したものの、写真ではいつもサングラスをかけていて残念なのですが、あの瞳が時には鋭く光り、時には涙で曇って、ものすごく雄弁なのです。1986年4月6日生まれとのことなので、まだ33歳なのですが、すでに何本もの映画に出演して多くの賞を受賞しています。この作品を見たライター仲間の友人が、「今回も主演男優賞をもらわないかしら...」と言っていましたが、確かにそれに値する演技でした。上のポスターでは、横顔が描かれているのがナヴィド・モハマドザーデです。ポスターの下部に書かれているのがタイトル「Metri Shesh Va Nim」で、「ミトリー(ちょうど?)・シーシュ(6)・ワ(~と)・ニーム(半分)」、つまり「ジャスト 6.5」となります。これはラスト近くでサマドが言う言葉、「俺が警察に入った頃に麻薬中毒者は100万人だったが、長年にわたって逮捕して刑を執行し続けてきたあげく、今じゃ650万人だ」(映画祭カタログから引用)、つまり「ちょうど6.5倍だよ」から付けられたとか。どこまで事実に沿って描かれているのかわかりませんが、拘置所の狭い房にどんどん男たちを詰め込んでいくところなど、いくつかの極端な描写にも度肝を抜かれます。
監督のサイード・ルスタイは1989年8月14日生まれとのことで、まだ30歳ですが、テヘランのスーレ大学(映画祭カタログではSoore University が「ソア大学」と表記されていますが、正しくは「スーレ大学 دانشگاه سوره」です)の映画&テレビ監督学科を卒業してすぐ2011年に短編を発表、2015年には初の長編映画『Abad va yek rooz(永遠と1日)』を、今回と同じくペイマン・モアディとナヴィド・モハマドザーデの主演で撮り、ファジル国際映画祭で賞を手にしています。この作品も麻薬問題と関連しているようですが、『ジャスト 6.5』では末端の麻薬中毒者と元締めとの間にある極端な経済格差もしっかりと見せ、娯楽性の中に社会性をうまく溶け込ませています。しかしながら、この監督作品の特徴というものすごい数のセリフの応酬には、さすがに途中で疲れを感じてしまい、字幕翻訳者の方は大変だったろうなと同情してしまいました。日本での公開の可能性は低いですが、今後要注目のサイード・ルスタイ監督とナヴィド・モハマドザーデでした。
<追記11.5>今、TIFFの受賞作品の発表が終わり、コンペ部門で『ジャスト 6.5』が、監督賞と男優賞を受賞しました! おめでとうございます、サイード・ルスタイ監督、そしてナヴィド・モハマドザーデさん!! Kheili mobarak!! 日本公開の目も出てきたでしょうか? 次は日本語字幕で、じっくり見てみたいです~。