韓国映画界の名優と言ってもいいキム・ユンソク。私が彼を認識したのはずいぶん遅くて『チェイサー』(2007)からで、その前にチェ/ドンフン監督の『ビッグ・スウィンドル!』(2004)や『タチャ いかさま師』(2006)に興奮させられながらも、ペク・ユンシクの名演の前にはキム・ユンソクはすっかりかすんでしまって目に入らなかったのでした。それが、『チェイサー』の元刑事のデリヘル店長役で突如大きな存在の俳優となり、その後は2、3本見逃した(脚本を担当した『南へ走れ』(2012)を見逃しているのは痛恨の極み!)ものの、ほぼ全作品を追いかけては毎回満足のため息をもらすことが続いています。本当に、何をやらせてもうまい俳優で、どんな役でもほのかにやさぐれ感が漂うのが魅力になっている人だと思います。
上の写真は、2019年のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭でキム・ユンソクの初監督作品『未成年』、つまり本作がコンペ作品として上映された時に、パブ素材として提供を受けた監督プロフィール写真です(映画祭の紹介ページはこちらです)。当初は、監督であり出演もしているキム・ユンソクがゲストとして来日する、とのことで楽しみにしていたのですが、直前で来日はないとわかり、結局この映画祭には場所が遠いこともあって行きませんでした。また、受賞作品の中にも名前はなく、やっぱり名優といえどもすぐに名監督にはなれないのね、と思ったりしたのでした。でも、作品はどうしても見てみたくて、昨年11月から今年2月にかけて開催された「のむコレ」で上映されるとわかった時には、初日11月15日に上映された本作を真っ先に見に行きました。ご承知のように「のむコレ」は、一般公開の決まっていない作品、DVDスルーで紹介される作品などを集めてシネマート新宿のスクリーンで上映してくれる企画で、2019年は約半数がアジア映画だったため、アジア映画ファンにはとてもありがたい催しだったのでした。そして今回、めでたく公開が決まった、というわけで公開はちょっと先ですが、今のうちにご紹介しておきます。
『未成年』 公式サイト
2019/韓国/韓国語/96分/原題:미성년/英語題:ANOTHER CHILD
監督:キム・ユンソク
出演:ヨム・ジョンア、キム・ソジン、キム・ヘジュン、パク・セジン、キム・ユンソク
配給:クロックワークス
※5月29日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋にて公開
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ある寒い夜、女子高生のジュリ(キム・ヘジュン)は郊外にある鴨肉料理レストラン風の店を窓から覗き込んでいました。中では父(キム・ユンソク)が職場の仲間たちと食事会を開いていて、父のしぐさはその店の女主人(キム・ソジン)との親密さをはっきりと伝えていました。そう、ジュリは父の浮気を疑って、その証拠を握ろうとしていたのです。父の浮気がバレたら、気位の高い母(ヨム・ジョンア)がどんなに傷つくことか。唇をかみながらその場を離れようとしたジュリは、同級生のユナ(パク・セジン)が帰宅してくる姿を見つけて愕然とします。父の浮気相手が、学校で問題児とされているユナの母だったとは。次の日ユナに、母親の不倫をやめさせるよう談判に行ったジュリは、ユナの母が父の子を妊娠していると知らされ、さらに混乱します。ユナはジュリの母にもこの事実を告げ、ジュリの母は相手のレストランに客を装って出向くなど、問題はますますこじれていきますが...。
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というわけで、上に貼り付けた日本版チラシのように、一人の男を挟んで二組の母子が対立する物語です。高級マンションに住むジュリ一家と、店に続く昔風の住居に暮らすユナ母子。ジュリは優等生で、ジュリの母も教養のある物静かな人という感じ。会社か事務所を経営している父とは、若い時に恋愛結婚をして、インテリ同士のハイソな家庭を築いている、という印象です。一方ユナの母は、当初「日陰の身」という言葉が当てはまる楚々とした人かと思ったのですが、さすがレストランを経営するだけあって、気は強いは、口も達者だはと、あとになるほどに本当の姿がボロボロと出てきます。娘のユナも女子高では不良と見られていて、母親以上に喧嘩っ早くて態度も大きいのです。そんなユナにジュリは突っかかっていきますが、このユナとジュリの関係が、本作の柱となっています。
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若い二人の心のあり方や、二人がぶつかることによって起きる互いの心の化学変化などはよく描けています。また、若い二人を演じたキム・ヘジュンとパク・セジンも、全力でぶつかり合っていて、その演技に引き込まれます。特に、生まれてくる赤ん坊を思いやるユナと、それに影響されて徐々に変わっていくジュリという後半は、心を掴まれるものがありました。ですが、母親二人の描き方、特にユナの母親の描き方にはどうもついて行けず、こんな女性をジュリの父親はなぜ好きになったのだろうか、と疑問に思うぐらい、いいところがないのです。中でも、病院でのシーンが悪印象でした。元は舞台劇とのことですが、ジュリの母親との違いを示すために強烈なキャラクターになっていたのかも知れません。
と不満点はあるものの、キム・ユンソクがきちんと監督の仕事ができる人だという証明にはなったのでは、と思います。今回、自身は情けない夫の役を平凡に演じてみせて、目立たぬ存在に徹していましたが、次回監督に専念できる環境があれば、もっと印象的な作品が生まれるかも知れません。とりあえず、監督としての可能性は示してくれたので、ファンとしては満足というところです。最後に予告編を付けておきます。
映画『未成年』予告編