今日は2本見るはずが、気がつけば3本見てしまっていました。いずれもコンペティションの作品です。我々ライターは取材ということでプレスパスを申請し、毎回パスを見せてチケットをいただいているのですが、カウンターで応対して下さるフィルメックス事務局の方が本当に皆さん親切で、今日も11:30の回と17:50の回のチケットをお願いしたら、「14:40の『静かな雨』はよろしいのですか?」と言って下さったのでした。今回の上映では、人気作は事前に予約しないとダメで『静かな雨』もそのカテゴリーだったため、「予約をしていないんです」とお返事しました。日本映画はいつも多彩なゲストが来ることもあって、大人気でチケット売り切れが多いため、毎年遠慮してパスしていたのです。すると、「チケットがまだございますので、大丈夫ですよ」と言って下さり、ありがたく頂戴したのでした。おかげで、今上映中の『わたしは光をにぎっている』が話題になっているという中川龍太郎監督の作品を初めて見ることができました。というわけで、3本簡単にご紹介します。
『つつんで、ひらいて』
2019/日本/日本語/94分/英語題:Book-Paper-Scissor/ドキュメンタリー
監督:広瀬奈々子
昨年のフィルメックスで、『夜明け』(2018)がコンペのスペシャルメンションを獲得した広瀬奈々子監督のドキュメンタリー映画です。是枝裕和監督や西川美和監督の助監督を務め、『夜明け』で一本立ちした監督なのですが、だから見たかった、というより、題材に興味があったのです。『つつんで、ひらいて』という面白いタイトル(「♫むすんで ひらいて」を連想しますね)から、一体何の映画だろう? と思わせる本作は、著名な装幀者(と自ら名乗っている)菊地信義さんの仕事ぶりを追ったものなのでした。本作は12月14日(土)からの公開が決まっていて、マスコミ試写が先日まで行われており、そこですでに見ていたのですが、本好き、印刷好き(そんな人、いるかな? でも、本ができあがる印刷・製本工程が途中に出てくるのですが、そこ、もっと詳しく見せて~、と絶対思ってしまうはず)には応えられない映画で、もう一度ぜひ見たかったのでした。見た人は誰でもが、冒頭菊地さんが題字見本をいくつか印刷した紙をくしゃくしゃに丸め、伸ばしてみては上から紙でこすり、といった作業を繰り返して、趣のある題字を作る作業に驚くと思いますが、そのほかにもいろんな作業とそこに至る菊地さんの発想が驚きの連続です。また、作家の古井由吉さん始め、菊地さんの助手さん、お弟子さん、出版社の人、書店の人のお話も拾ってあって、それにも「あ、菊地さんのお話と重なる!」とか、発見がいっぱいあるとても面白い映画です。
監督のQ&Aも聞きたくて参加したのですが、広瀬監督(上は、終了後にロビーで撮らせていただいたお写真です)のお話は意外なこともバラしてあり、会場の質問もユニークなものがあったりして、大いに参考になりました。菊地さんとは小さなご縁もありますので、この映画に関しては別途きちんと紹介したいと思い、今、画像をいただくべく宣伝担当の方に依頼中です。というわけで、フィルメックスが終わるまで待っていて下さいね。監督のQ&Aもその時にご紹介します。なお、『つつんで、ひらいて』の公式サイトはこちらです。
『静かな雨』
2019/日本/日本語/99分/英語題:It Stopped Rining
監督:中川龍太郎
主演:仲野太賀、衛藤美彩、三浦透子、村上淳、河瀬直美、萩原聖人、でんでん
主人公の行助(仲野太賀)は多摩地区の某大学で、ある教授(でんでん)の助手を務める青年。左足が不自由で、ひきずって歩いています。彼はある日、パチンコ屋の前の広場にたい焼きの小さな店があるのを見つけ、そこを一人で切り盛りしている若い女性こよみ(衛藤美彩)と知り合いになります。熱々のおいしいたい焼きとこよみの笑顔に癒やされ、一人暮らしの一軒家に帰って満ち足りて眠る行助。こよみは店の常連である酔っ払いの中年男(村上淳)の心配をしたりと、誰にでもやさしいのですが、やがて行助とも親しくなり、「ユキさん」と呼ぶようになります。ある晩、思い切って行助はこよみに電話番号を渡し、こよみがそっと行助の額にキスしてくれて、行助は有頂天になりますが、彼のところに初めてかかってきた電話は、こよみが頭を打って入院し、意識不明であることを知らせるものでした...。
上映前に舞台挨拶があり、中川龍太郎監督と主演の仲野太賀さん、衛藤美彩さん、そして高木正勝音楽監督が登壇。仲野太賀さんはひげ面のお顔を先に見たので、『静かな雨』の本編を見たら印象が全然違うのでびっくり。上のスチールと見比べてみて下さいね。
衛藤美彩さんは乃木坂46のメンバーだったそうですが、大人の雰囲気をまとった女優さんで、本編中でも魅力を放っていました。こよみはとても難しい役で、以前のことは記憶にあるのですが、頭を打ってからの記憶はどれも短時間しか頭にとどまらない、という設定です。毎朝起きて同じ事をユキさんに尋ねるので、ユキさんもだんだんイラつく、というシーンなどは、とても自然でこよみ側に気持ちが行ってしまいました。
細田守監督のアニメ作品の音楽監督で知られる高木正勝さんは、「この映画、音楽は要らないのでは、と監督にお話したんですが」とのことで、確かに本編を見ると、音楽はまったく付けないか、あるいは今回のようにずっと音を流して、それによって救われるという風にするか、All or nothingだな、と思いました。
中川龍太郎監督はとても愛想のいい方で、作品とのギャップが大きいです(笑)。余裕があれば、Q&Aも文章化したいと思います。本作では、多摩地区のあの丘陵感覚と、住宅区の棲み分け風景(マンション区、戸建て区とハッキリ分かれているのが、多摩モノレールなどに乗るとよくわかります。ある種壮観です)がよく捉えられていて、ランドスケープが見えている監督だなあ、と感心しました。
公式サイトはこちらですので、公開されましたらぜひ劇場に足をお運び下さい。明年2月7日(金)から、シネマート新宿ほかでロードショー公開の予定です。原作は宮下奈都『静かな雨』(文藝春秋刊)ですので、関心のある方はそちらもどうぞ。
『春江水暖』
2019/中国/中国語/154分/英語題:Dwelling in the Fuchun Mountains/原題:春江水暖
監督:グー・シャオガン(願暁剛)
主演:チェン・ヨウファ(銭有法)、ワン・ホンチュエン(王風娟)、スン・チャンジェン(孫章建)
浙江省杭州市の富陽区を舞台に、4兄弟の1年間を追ったものです。富陽区は昔の名前を富春と言い、その名を冠した富春江という川が流れています。もうすぐ地下鉄が通り、杭州市の中心部まですぐ行けるようになる、と映画の冒頭でも説明される土地です。そこに長らく暮らしている一家の4兄弟が主人公で、母親の誕生日から映画は始まります。祝宴を開いているレストランのオーナー兼コック長が長男で、妻も店を切り盛りし、学校の先生をしている娘グーシーがいます。次男夫妻は川で魚を捕る漁師で、年頃の一人息子がいます。三男は借金まみれの生活をしているヤクザな男ですが、ダウン症の息子カンカンを可愛がるいい父親です。末っ子はまだ独身で、のんきな生活をしています。そんな一家に起こる、金がらみ、恋愛がらみ、老人問題がらみ等々のいろんな出来事を、ゆったりとしたカメラで描いていくため、154分という長さになっています。
最初は、誰が誰だかよくわからず、30分ぐらい見ていてやっと人間関係がわかりました。長回しが特徴で、例えばグーシーが同僚の教師ジャンと恋愛関係になり、ジャンがフェリーの運転士である父に紹介しようと川辺の道を連れて行くシーンがあるのですが、途中ジャンが「僕は川を泳いでいくから、君は服を持って歩いてきて」と言い出す場面があります。カメラはその会話から、ジャンが水に入り泳いでいく姿をずーっと捉えます。そして、フェリーの運転士室に二人がはいって出てくるまで、延々と長回しが続くのです。というわけでかなり疲れる作品ですが、途中でジャンとグーシーが両親に結婚を反対されるエピソードや、いかさま賭博で稼いでいた三男が警察に踏み込まれるエピソードなど、いくつか起伏に富んだストーリーになっているため、最後までお付き合いできます。ただ、最後に「巻一 完」と出てくるのには、のけぞってしまいました。このあたりのことは、Q&Aで問いただされていましたので、またのちほどの報告で。
監督のグー・シャオガン(願暁剛)は1988年生まれだそうで、この童顔ですが、粘り腰の映画作りはまるで老成した人のよう。中国古典の絵巻物をイメージして作られたようで、この時間軸になったと思われます。Q&Aでは、出演者は親類縁者がほとんどというビックリ発言なども出たほか、市山さんへの上手な売り込みもあったとかで、そのあたりは現代青年っぽいエピソードが語られました。28日(木)にもう一度上映されますので、中国古典の魅力がわかる方、辛抱強い方(笑)はぜひどうぞ。