スペース・アーナンディで続けている<インド映画講座>が、ちょっぴり模様替えして<インド映画特別講座>となりました。これまでは大きなテーマ、例えば「インド映画のエレメンツ」とかを決めて、その中で5つのトピックスを設定し、5回連続でお話をしていました。例えば「インド映画のエレメンツ」なら、トピックスは「音楽の魅力」「舞踊の魅力」「アクションの魅力」「神話の魅力」そして「スターの魅力」、といった具合です。それが諸般の事情により(便利な言い訳!)、今回からは独立したテーマで毎回お話しすることにした次第です。第1回目は「南アジアのドキュメンタリー映画」というタイトルで、これまで取り上げてこなかったドキュメンタリー映画を2本、インドの『戦争と平和 非暴力から問う核ナショナリズム』(2002)と、アメリカ製作のパキスタン人女性監督による作品『ソング・オブ・ラホール』(2015)をご紹介しました。チラシのお知らせ部分を採録しておきます。
スペース・アーナンディ/インド映画特別講座①
南アジアのドキュメンタリー映画
~『戦争と平和』&『ソング・オブ・ラホール』~
南アジア地域、中でもインド、パキスタン、バングラデシュは、ドキュメンタリー映画の制作が盛んな国です。2年に一度開催される<山形国際ドキュメンタリー映画祭>にエントリーする作品も多く、毎年、南アジアからどこかの国の映画が<コンペティション>または<アジア千波万波>というプログラムでの上映作に選ばれています。その後日本公開されたり、ソフト化されたりした作品の中から、今回はインドのアーナンド・パトワルダン監督作『戦争と平和 非暴力から問う核ナショナリズム』(2002)をご紹介することにしました。これは、1998年にインド、続いてパキスタンが行った核実験に端を発する「核」の物語で、インド、パキスタン、日本、アメリカを取材した映像が使われています。インドの「核」をめぐる現実は、非常にショッキングです。
これともう1本、パキスタンのラホールを舞台にしたドキュメンタリー映画『ソング・オブ・ラホール』(2015)をご紹介したいと思います。実は、この映画の製作国はアメリカで、監督はパキスタン人女性のシャルミーン・ウベード=チナーイとアメリカ人のアンディ・ショーケンなのですが、パキスタン文化の現状がとてもよくわかる作品となっています。ラホールは以前、パキスタン映画の製作中心地として「ロリウッド」と呼ばれた土地。ですが、イスラーム思想が強くなり、映画は斜陽化して、映画界で働いていた音楽家たちは失業の憂き目に遭います。どうすればこの窮状を脱することができるか、と彼らが考えたのは、古典音楽の楽器を使ってジャズを演奏し、それをYouTubeにアップして、自分たちをアピールすることでした。その結果、奇跡のような出来事が起こります…。
2本とも素晴らしい作品です。ぜひ、南アジアのドキュメンタリー映画の魅力を知っていただければと思います。
日時:(お好きな日をお選び下さい)
2022年4月16日(土)15:00~17:30 ⇒終了しました
4月23日(土) 15:00~17:30 ⇒予約受付中
5月14日(土) 15:00~17:30 ⇒予約受付中/残席わずか
場所:スペース・アーナンディ(東急田園都市線
高津駅<渋谷から各停18分>下車1分)
定員:11名
講座料:¥2,500(含む資料&テキスト代)
講師:松岡 環(まつおか たまき)
※お申し込みは、スペース・アーナンディのHPからどうぞ。
『ソング・オブ・ラホール』
で、ドキュメンタリー映画、取り上げてみるとすごく面白かったのです! どちらも私の大好きな映画で、大学で教えていた頃も教材に使ったりしていたのですが、今回がっつり見直して映像内容をリストアップしてみると、あらためて編集のうまさや、監督が抱えている思いなどが伝わってきて、いいドキュメンタリーだなあ、と感心しました。アーナンド・パトワルダン監督の『戦争と平和』は、1998年のインドとパキスタンの核実験成功から出発して、どこを取ってもご紹介したいシーンばかりなのですが、講座では特に監督が取材した日本でのシーンと、インドのウラン鉱山のある地域での話に焦点を当ててお伝えしました。調べてみると、インドには北のヒマーチャル・プラデーシュ州やウッタラーカンド州に始まって、東のジャールカンド州南部地域、チャッティースガル州の中部のマハーラーシュトラ州寄り、そして南インドのアンドラ・プラデーシュ州とカルナータカ州など、多くの鉱山が存在します。『戦争と平和』では、ジャールカンド州のジャドゥゴラ村が取り上げられているのですが、このショッキングなシーンはぜひ、世界中の人に見てもらいたいものです。
『戦争と平和』
一方『ソング・オブ・ラホール』は、パキスタン人女性監督シャルミーン・ウベード=チナーイとアメリカ人男性監督アンディ・ショーケンの共同監督作ですが、南アジアの古典音楽で使われる伝統楽器の紹介にもなるし、ということで、これも大学の授業で素材にさせてもらいました。今回の講座では、ラホールのミュージシャンたちがジャズのスタンダードナンバー「テイク・ファイヴ」を伝統楽器もまじえたオーケストラで演奏し、YouTubeにアップせざるを得なかった状況から出発してお話したのですが、本作の中に「ロリウッド」と呼ばれていた昔のラホール映画界を紹介する短いクリップもあったので助かりました。本作の中ではほんのちょっぴりしか紹介されていなかった「テイク・ファイヴ」の演奏、完全版はこちらです。これがBBC南アジアの放送で紹介され、一大センセーションを巻き起こしたのでした。土曜日の講座に来て下さった皆さんも、あの場ではご紹介できなかったので、ぜひ見てみて下さいね。
Sachal Studios' Take Five Official Video
一昨日の講座で感心したのは、ドキュメンタリー映画の話なので、ボリウッド映画の話などと比べて皆さんの関心が薄いかな、と予想していたら全然そんなことなかった!ことです。講座に参加して下さる皆さんは本当に熱心で、一昨日もたくさんのご質問が出ました。その中でなるほど、と思ったのは、「『ソング・オブ・ラホール』でバイオリン奏者の話が出て来ますが、西洋楽器のバイオリンを習う人はやっぱり家庭環境とかが違うのでしょうか?」というご質問です。これに対する私の答えは、「バイオリンはすでにインドで古典音楽に使われる楽器になっている」というもので、聞いて下さった方を始め、皆さんを驚かせたようでした。下の写真はネットのイメージ集から取ったものですが、古典音楽の演奏の場合、バイオリン本体は肩とあごで挟むのではなく、下のように下方に向けて手に沿わせ、演奏を行います。伴奏楽器がムリダンガムとガタム(壺を叩く打楽器)なので、南インドのカルナータカ音楽の演奏者たちでしょうか。
こちらのサイトによれば、バイオリンがインド古典音楽楽器に加わったのは19世紀の初めとのこと。「1800年代初頭、著名なカルナータカ音楽の演奏家兼作曲家であるバールスワーミ・ディークシタル(1786-1859)――この人は有名なカルナータカ3人組の1人ムットゥスワーミ・ディークシタルの兄弟だったのですが、彼が西洋バイオリンを習った後、バイオリンでインド古典音楽を演奏し始めました。 バイオリンはガマカ(音を伸ばす、短く止める、ゆらす、音から音へとすべらせる、等、音に装飾を施す技法)が弾けるだけでなく、それを自然かつ直感的に行える楽器だったのです。バールスワーミ・ディークシタルは、インド古典バイオリンの父と見なされています」と述べられていますが、シタールやヴィーナと同じような役割を果たしてきたのですね。古典音楽以外にも、西洋音楽の演奏楽器としても広く使われています。そう言えば、こんな映画もありましたっけ。
話がそれましたが、毎回レジュメに付けている「歌で憶えるヒンディー語」は、今回はシャー・ルク・カーン主演作『たとえ明日が来なくても』(2003)の中の曲「Mahi Ve(マーヒー・ヴェー/愛する人よ)」です。実は曲自体は違うのですが、同じタイトルの演奏曲が『ソング・オブ・ラホール』に登場するんですね。そんなこんなで結構楽しめる「南アジアのドキュメンタリー映画」、今週土曜日にも2回目がありますので、ぜひご参加下さい。お待ちしております。