公開から1週間の『響け!情熱のムリダンガム』。そろそろおかわりをなさる皆さんも出始めているようで、この映画の公式ツイッターを見たいがために、ついにツイッター社に屈して登録してしまった私です。もう画面にいぢわるバリアーが出ないので、心ゆくまで皆さんの感激ツイートが読めます。りからんさんの、短い中に情報満載のパンフ紹介ツイートを読んで、あー早く劇場に行きたい! パンフ買いたい! と思ってしまったのですが、私が行くまで売り切れないでね、豪華パンフレット! 今、東京国際映画祭『アヘン』(作品紹介はこちら)の字幕と、15日のNHK文化センター青山教室での講座(お申し込みはこちら)のレジュメ作りに追われて、イメージフォーラムがなかなか近づいてくれないCinetamaです。というわけで、仕事の合間に『響け!情熱のムリダンガム』のステキな出演者のことを思い出して書いてみました。その前に、映画の基本データをどうぞ。
『響け!情熱のムリダンガム』
2018年/インド/タミル語/132分/原題:Sarvam Thaala Mayam/英題:Madras Beats
監督:ラージーヴ・メーナン
出演:G.V.プラカーシュ・クマール、ネドゥムディ・ヴェーヌ、アパルナー・バーラムラリ、ヴィニート
配給:テンドラル(南インド料理店 なんどり)
※10月1日(土)よりシアター・イメージフォーラムにてロードショー公開中&全国順次公開
© Mindscreen Cinemas
最初はもちろん、主役ピーターを演じたG.V.プラカーシュ・クマール。叔父さんはかの有名な作曲家A.R.ラフマーンなのですが、顔はあまり似ているとは言えませんね。でも、音楽の才能はラフマーンのお父さん、つまりG.V.プラカーシュ・クマールの母方の祖父(映画音楽の作曲家であり、演奏者でもあった)から脈々と受け継がれているようで、俳優としてだけでなく、作曲家、プレイバック・シンガーとしても大活躍中です。お母さんのA.R.レィハーナーもプレイバックシンガーとして活躍しているので、まさに音楽家家系の一人なんですね。ラフマーンが父親の死後一家でムスリム(イスラーム教徒)に改宗した話は有名ですが、G.V.プラカーシュ・クマールの父親はG.ヴェンカテーシュというヒンドゥー教徒。異宗教間結婚の家庭で育ち、両方のいい所を受け継いでいる感じです。
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顔は超イケメン、とは言えないのですが(ゴメンナサイ!)、それだけに役柄の幅が広い俳優で、本作のようなダリト(被差別カースト)の平凡な大学生、という役も違和感なく演じて見せます。他にも、社会派のバーラー監督作でジョーティカーが主演した『Naachiyaar(ナーチヤール=主人公の女性警部の名前)』(2018)で演じた貧しい青年役など、リアリティを感じさせてくれないと作品が成立しない、という役柄にはピッタリの人と言えます。現在35歳ですが、童顔なのでまだしばらく青年役も大丈夫ですし、最近はアクション映画にも出演したりして演技の幅を広げているようなので、ますます将来が楽しみです。コロナ禍下では、作曲家、音楽監督としての活動の方が忙しかったようですが、これからもバランスを取って、両方の分野で大いに活躍してほしいものです。下は本作の演奏シーンで登場したチェンナイ・シティ・センターですが、このシーンでの小さな太鼓(カンジラでは、と思います)の演奏も引き込まれましたっけ。真ん中のアーチから入ると、あのロビースペースがあるのです。中心部のアンナー・サライ通りにあるジェミニ・フライオーバーから東へちょっとオートを走らせるとありますので、今度いらしたらロケ地巡りで行ってみて下さいね。
そして、お次はピーターの師匠、ムリダンガムの名手ヴェンブ・アイヤルを演じたネドゥムディ・ヴェーヌです。残念ながら昨秋、2021年10月11日に亡くなってしまいましたが、その一周忌の日にも日本で本作が上映されているなんて、天国できっと目を細めているに違いありません。1948年5月22日生まれなので、73歳でした。
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ネドゥムディ・ヴェーヌはケーララ州の出身なので、デビューはマラヤーラム語映画なのですが、1972年のチョイ役出演の後1978年に実質的デビュー作として出演したのが、アラヴィンダン監督の『サーカス』(1978)なのです。『サーカス』は1983年の<インド映画祭>で、我々インド映画祭実行委員会が上映した3本のうちの1本で、映画祭ではあったものの、下北沢のスズナリ壱番館で2ヶ月ほど上映し続けたので、公開作としてもいいかも知れませんね。サーカスの一団が海辺の村にやってきて、興行して去るまでを描いたモノクロ作品ですが、この中でネドゥムディ・ヴェーヌはサーカス団の太鼓を演奏する老人から演奏を習い、最後にはサーカス団と共に広い世界に去って行く村の青年を演じました。手元にある画像は二人が去って行くトラックの上で寝ているシーンなのですが、ネットに太鼓を習うシーンがあったので、両方を付けておきます。
というわけで、もともと古典音楽の素養があった俳優で、以後もアラヴィンダン監督作品『オリダット・あるところで』(1986)などのアート系作品から、『インドの仕置人』(1996)や『チャーリー』(2015)などの娯楽作品まで、IMDbによると未公開作も含めて何と523本の映画に出演しています。俳優生活44年でしたが、平均して年12本出演という売れっ子俳優だったのでした。本作では、ほどのよい老人ぶりも好感度大で、奥さん役のシャンタ・ダナンジャヤンがしっかり者の妻であるのに対し、その手のひらの中で暢気にムリダンガムを叩いている天才音楽家、という構図がとても微笑ましかったです。余談ながら、この奥さん役のシャンタ・ダナンジャヤンは有名なインド古典舞踊の踊り手で、もう40年以上前になるでしょうか、民族音楽の概念を日本で広めた東京芸大の小泉文夫教授がテレビ番組で南インドを訪れた時、やはり舞踊手である夫と共に、小泉先生にインド古典舞踊の手ほどきをした人です。当時その番組の一部をなぜか録画していて、名前を記憶していたため、本作のクレジットを見た時はびっくりしました。こんな個人的な思い入れもあるので、『響け!情熱のムリダンガム』、ぜひ大ヒットして、ソフト発売まで行ってほしいです。
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そしてラストはもち、アパルナ・バーラムラリです。この人もケーララ州の出身で、2015年のデビュー作『Oru Second Class Yathra(ある二等車の旅)』はマラヤーラム語映画でした。その後タミル語映画にも活躍の場を広げ、現在は本作での演技が評価されたのか、タミル語映画出演の方が多くなっています。本作では看護師という役でしたが、ドイツ語を勉強してドイツへ行こうとする、というのが見ている皆さんにはちょっとわかりにくかったかも知れませんね。ドイツと看護師、と言えば、アジア映画好きの方で韓国映画『国際市場で逢いましょう』(2014)をご覧になった方はピン!と来たかも知れません。海外出稼ぎは何も男性の建設現場仕事と女性の家事手伝いだけでなく、アジアの看護師が求められての出稼ぎもあるのです。戦後のドイツは人不足で、アジアからの看護師、介護士などの出稼ぎ人を多く受け入れました。韓国、フィリピン、そしてインド、今はヴェトナムからも受け入れているようです。アパルナ・バーラムラリが演じたサラも、お給料アップかスキルアップかはわかりませんが、ドイツに行こうと考えていたのでした。
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こういう風に、世間知をしっかりと持つ聡明な女性、というのはアパルナ・バーラムラリにピッタリで、本作でもピーターをリードする女性の役を活き活きと演じています。それに加えて、ちょっと素っ頓狂なところがある役を演じたのが、先日ナショナル・フィルム・アワード(国家映画賞)の最優秀女優賞を受賞した『Soorarai Pottru(勇敢なる人を称えよ)』(2020)のヒロイン役です。スーリヤが主演して、やはり国家映画賞最優秀男優賞を受賞したこの作品は、南インドで格安航空会社を始めようとする男性の物語で、実在のLCCエア・デカンを立ち上げた人の話に基づいています。アパルナ・バーラムラリは主人公とお見合いをし、一度は断ったものの後に結婚する女性の役なのですが、このヒロインが自立心に富んでいて、端から見ると素っ頓狂、その実今の私たちからみるとすごくチャーミングな女性なのです。もう、アパルナちゃんにピッタリで、さすがスダー・コーングラー監督、と手を叩いてしまいました。この作品、日本でもぜひやってほしかったのですが、アマゾン・プライム・ビデオが権利を取得してしまって、日本公開の目は消えたのがとっても残念だったのでした。
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という具合に、魅力的な俳優を揃えたところは、さすがラージーヴ・メーナン監督。監督作は多くないのですが、マニラトナム監督作『ボンベイ』(1995)始め撮影監督としても信頼が厚いため、俳優たちは彼の作品とあれば喜んで出演するようです。先年、本作が東京国際映画祭で『世界はリズムで満ちている』というタイトルで公開された時、来日してくれたのですが、お人柄が本当にいい方で、しっかり者の奥様ラターさん(本作のプロデューサーでもあります)との素晴らしいご夫婦ぶりが感動的でした。その時のレポートはこちらとかこちらでどうぞ。さあ、これを読んで下さったら、まだの方は劇場に急ぎ、すでにご覧になった方はおかわり鑑賞をなさって下さいね。最後に今回は、劇中でピーターが「すげえ!」という予告編のシーンを付けておきます。ここの秘話も上の「こちら」2で書いていますので、ぜひリンクを使ってご覧になってみて下さい。
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