今年は月イチ公開状態のインド映画。11月はコレです、『盲目のメロディ』。タイトルは、わかるようなわからないような日本語ですが、原題の直訳なのでしょうがないですね。原題は『Andhadhun』で、「アンダー」が「盲目の」、「ドゥン」が「メロディー、旋律」という意味です。すでに映画サイト「BANGER!!!」には紹介文を書いたのですが、そこに書き切れなかったことも含めてこのブログでもまとめてみました。それでは、まずは基本データから。
『盲目のメロディー~インド式殺人狂想曲~』 公式サイト
2018年/インド/ヒンディー語/138分/原題:Andhadhun
監督:シュリラーム・ラガヴァン
出演:アーユシュマーン・クラーナー、タブー、ラーディカー・アープテー
配給:SPACEBOX
※11月15日(金)、新宿ピカデリーほか全国順次公開
©Viacom 18 Motion Pictures ©Eros international all rights reserved
冒頭に登場するのはキャベツ畑。食い荒らされたキャベツに囲まれ、銃を持った男が睨みつけているのは野ウサギです。銃を構えた男から逃げるように跳ねた野ウサギは、道路に跳びだし「プネー」と書かれた道路標識脇で止まります。と、その時銃声が。何のこっちゃ? と思えるこのプロローグが、のちのち大事な意味を持ってきますので、しっかりと見ておいて下さいね。そして、タイトルのあと、カメラはプネーのプラバート・ロードへ。主人公のアーカーシュ(アーユシュマーン・クラーナー)がピアノに向かい、作曲をしている姿が映し出されるのですが、途中まで来ると手が止まってしまいます。どうやら彼の作曲は、そこでひっかかって先に進めない様子です。愛猫が甘えてきますが、不機嫌なアーカーシュは外出します、サングラスと白杖を持って。ん、視覚障害者だったの? 実はアーカーシュ、自分の芸術的センスを高めるため、視覚障害者のふりをしているらしいのです。周りの人はてっきり本物の視覚障害者だと思って親切にしてくれるのですが、隣人の子供である男の子だけは、アーカーシュを疑っています。
一方こちらは、金持ちが住む地区マガルパッター・シティに居を構えるプラモード(アニル・ダワン)。往年の映画スターで、今は引退し、3年前に再婚した若くて美しい妻シミー(タブー)と悠々自適の生活を送っています。台所で料理をするシミーとイチャイチャするプラモード。その頃アーカーシュは、道路を横断していてソフィ(ラーディカー・アープテー)のバイクに轢かれそうになりました。ソフィは平謝りし、アーカーシュをお茶に誘って彼がピアニストだとわかると、父のレストランに連れて行きます。アーカーシュの演奏を気に入ったソフィ父娘は、彼にレストランでの演奏を頼むことに。さらに、レストランでアーカーシュの演奏を聴いたプラモードは、結婚記念日に自宅に来て演奏してくれ、と言います。妻シミーへのサプライズにしたいというプラモードの意をくんで、当日指定された時間にアーカーシュはプラモードの豪華マンションに出かけていきますが、出てきたシミーは「夫は留守よ」と彼を追い返そうとします。押し問答の結果、向かいの主婦が不信顔をのぞかせたこともあって、シミーはアーカーシュを家に入れます。そして、「眼、見えないのよね?」と確認しますが、それもそのはず、ピアノの先には血を流したプラモードの遺体がころがっていたのでした...。
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これが映画の3分の1で、実はここまでは、この映画の元になったフランス短編映画『L'accordeur(The Piano Tuner/ピアノ調律師)』(2010)から基本的アイディアを借りています。YouTubeにアップされている映像はこちらです。
The Piano Tuner (french short film,must see,english subtitles)
この部分もいろいろと改変がなされて映画化されているのですが、さらにその後、「『盲目のメロディ』は見事な変調を展開していきます。変調後もストーリーを全部書いてしまいたいぐらい、サスペンスの構造が素晴らしいのですが、それはご覧になってのお楽しみ。そして、オチのシーンで冒頭シーンの意味がわかったところでジ・エンドとなります。最後まで見たら絶対、もう一度見直したい! と思うこと必至の極上サスペンスなので、楽しみにしていて下さい。
ちょっとだけヒントを差し上げておくと、下の写真の右側に写っているのが当地の警察署長なのですが、殺人事件後はこの人も活躍します。演じているのはマーナヴ・ヴィジュという、パンジャービー語映画でデビューし、現在はヒンディー語映画の脇役俳優として活躍している人です。彼の実生活の奥さんはメヘル・ヴィジュ、つまり、『バジュランギおじさんと、小さな迷子』(2015)や『シークレット・スーパースター』(2017)でお母さん役を演じた彼女なんですね。両方の映画をご覧になっている方は、要注目!です。また、『シークレット・スーパースター』で弟を演じたカビール・サージドも、重要な役で出ていますので気をつけて見ていて下さい。
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ついでにちょっとキャストの紹介をしてみますと、主演のアーユシュマーン・クラーナーとタブーは「BANGER!!!」の記事でもご紹介しましたし、ラーディカー・アープテーと共に公式サイトでも紹介されているので置いておくとして、そのほかの人について書いておきましょう。
まずは、往年のスターであるプラモード役のアニル・ダワン。本作中で紹介されている過去の映画のクリップは、すべてアニル・ダワン自身の出演した映画から取ってあります。アニル・ダワンは、1970年代から80年代にかけて、甘いマスクの主演男優として活躍した人です。残念ながら、作品はいずれも大ヒット作とは言えないのですが、ヒンディー語映画ファンにはお馴染みの顔です。今回は、『Honeymoon(新婚旅行)』(1973)から「♫Mere Pyaas Man Ki Bahaar(僕の渇望する心の春)」(お相手はリーナー・チャンダーワルカル)などのクリップが紹介されています。また、プラモードのお葬式シーンでは、アーカーシュがピアノで「♫Ye Jeewan Hai Is Jeewan Ka (これが人生、人生の姿は)」というアニル・ダワンとジャヤー・バッチャン(当時はジャヤー・バードゥリー)が主演した『Piya Ka Ghar(夫の家、婚家)』(1972)のヒット曲を演奏しており、つい一緒に歌いたくなって困りました。このアニル・ダワン、何とヴァルン・ダワンの伯父さんなんですね。アニル・ダワンの弟が人気監督デヴィッド・ダワンというわけなのでした。2005年頃からはほとんど映画に出ていなかったアニル・ダワンですが、本作で久しぶりに注目されたので出演意欲に目覚めたのか、来年公開の作品にもキャスティングされています。
それから、警察署長の妻ラシカー役のアシュヴィニー・カルセーカルは、後半部に重要な役割を果たす医者スワミ役のザーキル・フセインと共に、本作の監督シュリラーム・ラガヴァン(正確に音引きを付けると「シュリーラーム・ラーガヴァン」)監督のお気に入りのようで、他の作品にも出ています。後半部はちょっとヒントをもらしておくと、臓器移植と脅迫がお話の核となり、シミー役のタブーが演技力を十二分に発揮して観客を興奮させてくれます。タブー姐さん、日本人女優なら『極道の女たち』にキャスティングしたいぐらいです。
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シュリラーム・ラガヴァン監督は1963年生まれの56歳。2004年に『Ek Hasina Thi(一人の美女がいた)』で監督デビューし、以後、『Johnny Gaddar(反逆者ジョニー)』(2007)、『エージェント・ヴィノッド 最強のスパイ』(2012)、『復讐の町』(2015)と撮っていて、本作が5作目です。『エージェント・ヴィノッド』の時は、ソング&ダンスシーンではうまいと思った(特に、エンドロールのシーン)ものの、肝心のストーリーが散漫で、それほど感心しませんでした。しかしながら『復讐の町』では、そのハードな演出に凄みを覚え、同じ監督とは思えない!とゾクリとしたのでした。『復讐の町』はラーディカー・アープテーが注目されるきっかけともなった作品ですが、監督とは相性がいいようだったので、本作でも彼女が起用されたのでしょう。本作では前2作からまた変貌を遂げて、娯楽作品として十分に評価できるサスペンス映画を作り上げたシュリラーム・ラガヴァン監督。今後の活躍も期待できそうです。
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なお、エンドロールにもちょっとしたおまけがありますので、最後までたっぷりお楽しみ下さいね。あ、もう一つ、ロケ地のご案内で、プラモードの家があるマガルパッター・シティは、このブログでもチラとご紹介しています。興味がおありの方はこちらをどうぞ。アーカーシュの家があるプラバート・ロードも、プネーに行ったことのある人にはお馴染みの通りで、この通りとロー・カレッジ・ロードが交差する角に、インド国立フィルム・アーカイブがあるのです。プネーを舞台にした名作映画が、また1本増えました。
<追記>映画サイト「BANGER!!!」に、大倉眞一郎さんのご紹介文もアップされました。併せてご覧下さい!