さあ始まりましたダブル映画祭、まずは第21回東京フィルメックスが開幕です。今日見たのはコンペ作品2本で、フィリピン映画『アスワン』とイラン映画『迂闊(うかつ)な犯罪』です。簡単ですが、見た感想を少し。
『アスワン』
2019/フィリピン/タガログ語/ 85分/ドキュメンタリー/原題:Aswang
監督:アリックス・アイン・アルンパク(Alyx Ayn ARUMPAC)
フィリピンの現実をまざまざと見せてくれる、驚くべきドキュメンタリーでした。ドゥテルテ大統領が2016年の就任後、麻薬との戦いにおいて、その場で容疑者を射殺できる超法規の殺人容認をしたことはよく知られています。その実態は、容疑者でもない人を警官が殺す事例の頻発化になっているのです。本作では、葬儀店の人々や地域の人に寄り添うキリスト教聖職者たち、そしてスラムの住人で母親が麻薬中毒のジョマリという男の子などをフィーチャーしながら、貧しい人の住む地区で日夜路上に転がる遺体を捉えていきます。家の外から声を掛けられ、出て行ったら撃たれた一家の主人、ハイティーンの息子を撃ち殺された母親、身元不明のまま、葬儀店で保存液を注入されながら3ヶ月間埋葬もされずに身元確認を待つ遺体...。神父の話では、「2016年以前も、毎週1人か2人、何らかの事件で命を落とす人はあった。それが2016年以降は1日に3~5人も亡くなるようになったんです。今や死者は31,231人になりました」とのこと。
街角で営まれる葬儀の棺の上には、一羽のひよこが。犯人がわからない時は、相手の良心に訴えるためひよこを乗せるのだそうです。遺体は下の写真のような古い墓地の空いている墓に、押し込まれるようにして埋葬されます。さらに映画は、警察の不当な逮捕と拘留の現場を暴いていきます。警察署につくられた秘密の部屋。ドアは本棚などの家具で隠され、そのドアを開けるとコンクリートの縦長の部屋が。窓もなく、もちろんベッドもなく、男性用便器が両端にあるだけです。そこに30人が詰め込まれ、「釈放してほしければ金を出せ」と要求されるのです。その代価は10万ペソ。貧しい人たちにはとても出せるものではありません。地域の人権委員とかの人でしょうか、壮年の男性がマスコミと共に警察署長に対峙して暴かせた秘密の部屋の実態は、開いた口がふさがらないどころではない、心からの怒りを覚える存在でした。
そういったサスペンス映画も真っ青の実態を大胆に画面に焼き付けたのは、柔和な微笑みを持つ女性監督アリックス・アイン・アルンパク。ジョマリ少年とのやり取りなどは、暖かい人柄が偲ばれるようなシーンで、殺伐とした遺体や血糊、人々の嘆きのシーンのあとではホッとします。アルンパク監督は、この映画の最初にタイトルの『アスワン』についての伝説を、女性によるナレーションで伝えています。「この街が築かれた時、怪物が現れた。それがアスワン。目を合わせたら命がない。見つめてはいけない。そんな伝説が現実になったのか、川や海にまた死体が浮かぶ...」。「フィリピノ・ライブズ・マター(フィリピン人の命だって大切だ)」とでも言いたくなるような作品でした。
今日は、監督とのQ&Aがオンラインであったのですが、私は友人がプロデュースした映画『普通に死ぬ~いのちの自立~』(すごくいい作品でした)を見るために、有楽町のTOHOシネマズ・シャンテからキネカ大森へ。Q&Aはパスしたのでした。きっとまた、FILMeXの公式サイトにアップされると思うので、注目していて下さい。また、11月2日(月)の午後にも再上映があります。同じアジア人として、ぜひ目撃しておいてほしい『アスワン』、オススメです。
『迂闊(うかつ)な犯罪』
2020/イラン/139分/原題:Jenayat-e Bi Deghat جنایت بی دقت/英語題:Careless Crime
監督:シャーラム・モクリ(Shahram MOKRI)
出演:ババク・カリミ、ラジエ・マンスーリ、アボルファジ・カハニ
本作は、1987年8月に起きたアバダンの映画館レックスの放火事件を元にして作られた、というのでとても楽しみにしていたのですが、えー、正直言って私にとっては「残念な映画たち」に分類したくなる作品でした。冒頭、上写真のように映画館主(右)が、「もっと座席を増やせ。前後が詰められるだろうが」とか言うシーンがあり、続いてレックスの火災事件で400人以上の犠牲者が出たことについての検証が、次々と文章で登場します。扉が内側に開く形なので人々が出られなかったとか、規定以上に座席が増やされていたとか、8人しか助からなかったというのがうなずける問題点ばかりなのですが、そこから映画はどんどん変わっていきます。ある男が薬を求めて薬局に行くと、闇で薬を売っている男を紹介され、その男が勤務するという映画博物館に行き...と映画好きには興味深いシーンが出てくるものの、その後に出てきた相手の男はまるで案山子のような形態で...と、あれよあれよという間にシュールな作品に変身していくのです。
時間的&空間的な瞬間移動も多用され、双子の女性のパートや兵士のパートなどがあれこれ行き交い、最後にまた映画館に戻って主人公が老人3人と映画館放火を画策することになるのですが、わけがわからない、というのが正直な感想でした。おまけに、中盤あたりは異様な音のBGMが流されて、あまりの不快さに途中で出ようかと思ったほど(眠気が襲ってきて助かりました)。イラン映画史的には貴重な映像が引用されたりしているのですが、見るのがつらい作品でした。頭の中を覗いてみたいシャーラム・モクリ監督は、こんな人↓です。イラン映画好きの私なら絶対理解できる! と思われる方、ぜひ『迂闊な犯罪』にチャレンジしてみて下さい。
というわけで、1日目は終了。明日は特別招待作品3本です。