しかし、私にとって得であったこのようなものをみな、私はキリストのゆえに、損と思うようになりました。それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、いっさいのことを損と思っています。私はキリストのためにすべてのものを捨てて、それらをちりあくたと思っています。
昨日賛美した「国籍は天にあり」がずっと頭の中で流れています(°▽°)
歌詞の内容を改めて確認すると、自分の人生に今、必要なメッセージがこの歌にはあるなあと思います。
ずっーと仕事中考え込んでいました
ちりあくた?
そのちりあくたのために死に物狂いになっている自分。
何をムキになっているのか?ちりあくたのために死に物狂いになる必要があるか?何に重きを置いて生きているのか?自問自答しながら午前中を過ごしました。
家族全員がそろっていたころの写真を見て
心が痛むことが多いのですが
私は思い出を大切にしすぎるのかも…
もちろん家族は大事、娘たちはかけがえのない存在。思い出も大事かも。
でもなんか違うんだなー
天に国籍があるんだなー
今は私の根本的な生き方の方向性を変える時なのかもしれない。