DayDreamNote by星玉

創作ノート ショートストーリー 詩 幻想話 短歌 創作文など    

drop42.瑠璃色

2022年05月25日 | 星玉帳-Deep Drops
【瑠璃色】


青い花の咲く季節


瑠璃色の道で出会った人は


不意に十字路を曲がり


それきりだった


共に最後に見つめた花は


とても青かった


空も星も宇宙も


何もかもが青に染まるくらい


青かった


別の色を探すのはとてもむずかしいことなので


ただ青を抱き慈しむ


この限りある季節に

ただ、青を



drop42『瑠璃色』



drop41.残丘

2022年05月17日 | 星玉帳-Deep Drops
【残丘】


草原の果ての残丘


風に揺れる墓標がある


詩人は過ぎた言葉を背負い


それらを埋めるためにここに辿り着く


風の季節


飛ばされないよう細心の注意を払う


けれども


その殆どはあっけなく風に散り消えてしまう


埋めるものをなくした詩人は


乾いた風に打たれ


更に儚い言葉を背負うのだった



drop41『残丘』




drop40.星歌

2022年05月06日 | 星玉帳-Deep Drops
【星歌】


星降る夜も星灯りのない夜も


星の歌唄いは曲を奏で歌い続けているという


一日の大方が夜の帳に包まれたこの星で


どこに行けばあの歌を聴けるのだろう


どのくらい耳を澄ませば歌にたどり着けるのだろう


深い静寂が必要なのですよと


年老いた詩人は言う


それは底のない慰めの歌なのですからと




drop40『星歌』


潮風

2022年04月20日 | 自由帳
久しぶりに潮風

今度はゆっくり来たい










短編集を出しました

2022年03月31日 | 自由帳
『銀のかけら流れる川のほとり』(しおまち書房)という短編集を出版しました。

星、空をキーワードとした小説10編です。

手にとっていただけるとうれしいです。

今のところネット販売のみですが
実店舗販売が決まれば随時お知らせいたします。

本の詳しい紹介と販売場所(しおまち書房ネット販売部、Amazon、BASE)はこちらから。
紹介文の下に販売について記してあります。
https://shiomachi.com/publications/ginnokakera




空と桜 2022/03/30

2022年03月30日 | 自由帳
桜。
満開です。

今日は誕生日なんです。
生きてるといろいろあるし
へこむことも悲しむことも多いけど…
よい年にしたい。


2022/03/30水曜日






空 2022/03/21

2022年03月21日 | 自由帳
春空の下

ひとつだけの命
祈り 願い 夢

愛した人
愛してくれた人

春の時が
奪うものたち


2022/03/21 月曜日


空 2022/03/13

2022年03月13日 | 自由帳
まぼろしだといい
何もかも


感情の無力と無意味

哀しみとやるせなさ
憎しみと捉われ



2022/03/13 日曜日






空 2022/03/12

2022年03月12日 | 自由帳
命は 引き返せないね



2022/03/12 土曜日

空 2022/03/10

2022年03月10日 | 自由帳
遠い思いに

まぼろしが生む一撃は

現(うつつ)を襲うよ



2022/03/10 木曜日


空 2022/03/07

2022年03月07日 | 自由帳
気まぐれな空 
気まぐれなコトバ
気まぐれな世界


2022/03/07 月曜日




それは気まぐれな幻想です

2022年03月06日 | 自由帳
声高に叫ぶなど
おこがましく

小さなふりして
縮むのも恥です

有力も無力も
現(うつつ)の力はマヤカシと添い寝をし

雄弁も無言も
たいがいの言葉はゴマカシに色を塗り

幻想にしなければ
(遠い思いにしなければ)

何もかも(自分も世界も)
壊れてしまう

という
脆弱性は

ひとの思いさえ
一撃でマボロシにする

『つばさ屋』 最終章 つながるつばさ

2022年03月06日 | 創作帳
『つばさ屋』
  第五章(最終章) つながるつばさ


 メイがつばさ屋をおとずれて、二十年の年月がたちました。

 とつぜんふりだした雨の中、ひとりの青年が早足で路地を歩いていました。
 青年の名前は、ショウ。
 手には、地図がにぎられていました。
「ええっと、たしかこのあたりだぞ」
 地図をみながらショウはある店の前で立ち止まりました。
「あった。ここだ」
 古びた店です。
 とびらを開くと、ぎいぃと音がしました。
「こんにちは」
 店の中は暗く、だれのすがたもありません。
「こんにちは。こんにちは」
 ショウは、何度も大きな声をだしました。
「はいはい。そんなに何回も言わなくても きこえていますよ」
 店のおくから、おじいさんが出てきました。
「こんにちは。あの……」
「ちょっと、待ってください。外は雨のようですね。店の中が暗くてよく見えない。今、あかりをつけますから」
 八十才になった、つばさ屋はランプにあかりをともしました。
 店の中がほんのり明るくなりました。
「やあ、いらっしゃいませ……おや? きみは……なんだか、どこかで見たような……」
 つばさ屋は、どこか遠くをみる目をして、必死になにかを思い出そうとしました。
「ぼく、ショウといいます」
「ショウくん? きいたことのない名前だなあ。ええっと……どこかで、お会いしましたか」
「いえ、お会いするのは、はじめてです」
「そうですか……きみはだれかに似ている。ちょっと待ってください。いま、思い出します」
 つばさ屋は、ショウの顔をしげしげと見つめました。
「……あの、ぼくの母はメイといいます。母は、こちらで、つばさを作ってもらいました。
 ぼくのおじいさんも、このつばさ屋さんで、つばさを……」
「あ!」
 つばさ屋は思い出しました。

 群青色とオレンジ色のつばさ。
 さくら色とミルク色のつばさ。
 きらきらしたひとみの、少年のカイ。
 幸せそうな、むすめさんのメイ。

「き、きみは、メイさんの息子さんですね」
「はい。思い出していただけましたか」
「あのカイくんのおまごさん……どおりで、ふたりによく似ているはずだ」
 つばさ屋はなつかしそうに、笑顔をうかべショウの肩をたたきました。
「ショウくん、びしょぬれじゃないですか。ちょっと待ってください」
 つばさ屋は、店のおくに行って、一枚の布を手に取ってきました。
「さあ、これでぬれたかみやからだをふいて」
 布を受け取ったショウは、それをぬれたうでや顔にあてました。
 布は軽くさらさらで、肌にあてたしゅんかん
 ふんわりと幸せな気持ちになるような、そんな肌ざわりでした。
「もしかして、これは、つばさの生地ですか。母のつばさの生地に似ています」
「ええ。そうですよ。メイさん……お母さんは、お元気ですか」
「え? え、ええ」
 ショウの顔が少し、くもりました。
 そのとき、空から大きな音がひびきました。
 古いつばさ屋の店はがたがたとゆれました。
 つばさ屋は、窓をあけ雨雲でいっぱいの空を見上げてくちびるをかみしめながら言いました。
「ああ。また戦闘機が空を飛んでいる。いやな音だ。
 数十年前の戦争にこりずに世界はまた戦争を始めてしまったんだ。
 なぜ、ひとは何度もばかなことをくりかえすのでしょう。
 通りの花屋の若主人も、食堂のよくはたらく若者も、菓子屋のひとりむすこも、雑貨屋の店主も
 みな戦争へいってしまいました。ショウくん、もしかして戦地へいく予定が?」
「はい……二、三日中に……前線に……」
 言葉をつまらせながらショウが答えます。
 つばさ屋は、ショウのほうに向きなおり、なんてことだ、と首を横にふりました。
「お母さんは、さぞ、心配をしていることでしょう」
「毎日のように、涙ぐんでいます」
「そうでしょうね」
 つばさ屋は窓をしめました。
「あの、きょう、ぼくがここへきたのは……」
「もしかして、つばさをつくりに? それだったら、もうしわけないけれど、できそうにないですよ。
 空には、戦闘機が飛びかっています。夢見ごこちで、空を飛ぶという時代ではなくなりました。
 それに、わたしも、もう、としです。なっとくのいくつばさを作るには、限界がある。
 店は、代々、わたしの家だけで、やってきたので、あとをつぐものもいないし
 閉じようと思っているんですよ。しかし……せっかくきてくれたのに……ああ……ショウくんのつばさ……」
 つばさ屋は、うでぐみをしたり、片手をひたいにあてたりして、う~んと、うなりました。
「ああ……おわりのつばさ……そんなつばさは、イメージがわかない」
「あの、ぼく、つばさをつくりにきたのではないんです。つばさ屋さんにお願いがあって」
「お願い?」
「はい、ぼくがつばさ屋さんを、たずねてきたのは……」
 戦闘機が、また、ごう音をたてて飛んできました。
 その音で、ショウの声はかきけされました。
「すまないが、ショウくん、もういちど、言ってくれませんか。戦闘機の音がじゃまをして」
「はい。ぼくは、つばさを作る人になりたいんです。
 つばさ屋さんに、つばさづくりを、おしえていただきたいんです!」
 戦闘機の音に負けないようにショウは声を出しました。
「え、なんですって」
 思いがけないことばに、つばさ屋は目をまるくしました。
 ショウは、はなしを続けました。
「小さなころから、つばさ屋さんのことを、母からきいてそだちました。
 母はとても幸せそうに、平和な時代、空を飛んだことを話してくれました。
 母から、おじいさんのこともききました。おじいさんも母とおなじようにそれはそれは楽しそうに
 つばさのはなしを、してくれたそうです」
 ショウの目は、しんけんそのものでした。
 きらきらとかがやいていました。
「だから、ぼく、大きくなったら、ぜったいつばさを作るひとになろうと決めていたんです。
 だれかを幸せにするつばさを、だれかに夢をみてもらうつばさを、作りたいんです。
 お願いします。弟子にしてください」
「そ、それは、とつぜんでおどろきましたよ。なんだか、ショウくんのまっすぐな目をみていると、店をとじるのが、おしくなって……」
 ショウの目が、いっそう、かがやきました。
「じゃあ、いいんですね! 弟子にしてくださるんですね」
 つばさ屋は、大きくうなずきました。
「ああ、いいとも。約束しましょう。つばさの設計図を、だれにも教えないままにするなんてね」
「ありがとうございます!」
 窓の外で、鳥のなく声がしました。
「おや、光がさしてましたね。雨がやんだのかな」
 つばさ屋は、店のとびらをあけました。

「ああ、雨はあがったようだ。雲のすきまに青空がみえる。ショウくん、ほら、見てごらんなさい」
 ふたりは、ならんで空を見上げました。
「きれいな、すんだ青色だなあ」
「あの空に、どんなつばさを飛ばそうかと、想像することから、つばさ屋の仕事は始まるんですよ」
 銀色の雨雲が、風といっしょに、空を流れ、青空が、じょじょに広がっていきます。
「ショウくん、きっと無事に帰ってきてください」
「きっと、帰ってきます」
 ショウは大きくうなずきました。

 つばさ屋は、まるで、空に向かって、話しかけるように
 上を見つめたまま、ゆっくりとした声で言いました。
「ああ、空を見るたび、心が広くなるような感じがしますよ。
 きっと、あなたのおじいさんもお父さんもお母さんも
 そして、わたしの父親も、そうだったのでしょうね」
「ぼくも……ぼくもそうです」
「ショウくん、わたしは、こうも思うんです。ひとが同じあやまちをくりかえすことは
 なげかわしいことです。けれど、ひとは、どんな絶望の中にも、夢を見ることができるんです。
 希望を持つことができるんです。
 家族を失って、絶望の中にいたわたしが、細々とでもつばさ作りをつづけてこられたのは
 それがあったからです。きみのひとみのかがやきを見てあらためて考えました。
 あやまちの中、絶望の中にあってでさえ、ひとは光を感じることも知ることもできるのかもしれません」

 広がっていく青い空に、鳥が飛んでいます。

 鳥は、つばさを、けんめいに、はばたかせながら、どこまでも、どこまでも、つづく空を、飛んでいきました。





  『つばさ屋』fin.

『つばさ屋』 第四章 未来のつばさ

2022年03月05日 | 創作帳
『つばさ屋』
  第四章 未来のつばさ


 カイがつばさ屋をおとずれて、三十年の年月が流れました。

「ここね。ここが、つばさ屋さんね」
 若いむすめが地図を手に、つばさ屋の店のとびらのまえに、立っていました。
 むすめの名前はメイ。
「お父さんにきいたとおりだわ。古びた店がまえね。ショーウィンドウには、
 すてきなせびろとズボンがかざられてるわ。さすがにガラスにひびは入っていないけれど」
 メイは、店のとびらをあけました。
「こんにちは」
 店のおくには、めがねをかけた男のひとがいました。
 つばさ屋の主人です。ミシンをふんでいました。
「いらっしゃいませ」
 つばさ屋はミシンをふむのをやめて、メイのほうに目をやりました。
「あの、おたずねします。ここはつばさ屋さんですね。つばさを作るという……」
「はい、そうですが……どうしてここがつばさを作るつばさ屋だと? 
 かんばんに、つばさ作りのことは、書いていないのですが」
 つばさ屋はおどろいた顔で、メイをあらためて見つめました。
「父からききました。わたし、カイのむすめです。メイといいます」
「なんと。カイくんのむすめさんですって」
 つばさ屋は、立ち上がり、ぬいかけていた生地を
 床に落としそうになりました。
「はい。父に書いてもらったつばさ屋さんへの地図、それを見て、たずねてきました。
 入り組んだ、路地にあるんですね。少しまよってしまいました」
「よくきてくれました。あれから三十年、まちのようすもずいぶんかわりました。
 新しいきれいな建物が、たくさん、たちました」
「でも、つばさ屋さんは、父にきいたままのお店でした」
 メイは、店の中をぐるりと見まわしました。
 つばさ屋は少し笑って、「そうでしょう」と言いながら
 昔を思い出すように、てんじょうをあおぎました。
「なつかしいなあ。お父さんのカイくんには、群青色のじょうぶな生地に
 すきとおるような明るいオレンジ色をちりばめたつばさを作りました。
 群青色は、夜明け前の空の色、オレンジ色は、朝焼けの太陽の色に見立てたものです。
 カイくんに、希望にみちた朝がくるようにとね」
「わあ、よくおぼえていらっしゃるんですね」
「そりゃそうです。手がけたつばさは、どれも忘れたことはありません。
 つばさ職人として、あたりまえのことです」
 つばさ屋は、せすじをのばし、胸をはって、こたえました。
「カイくん、いや、お父さんはお元気ですか」
「それが……わたしが小さいころ、病気でなくなったんです。爆弾で、受けた傷がもとで」
「ああ……なんてこと……」
「父は、つばさ屋さんに作ってもらったつばさを、それはそれは、大事にしていて
 元気なころ、つばさをつけて空を飛んだことを楽しそうにうれしそうに、何度も話してくれました」
「それは……つばさ屋として何よりうれしいことです」
「ここにきたのは、父のゆいごんなんです」
「ゆいごん?」
「ええ。わたし、もうすぐ結婚するんです。メイが結婚するときには、お祝いにつばさ屋さんに
 つばさを作ってもらいなさいって、つばさ屋さんへの地図を書いてくれていたんです」
「ご結婚を。それはおめでとうございます」
 つばさ屋は、カイが生きていたら、さぞ喜ぶだろうと思いながら
 にじんだ涙をぬぐいました。
「ありがとうございます」
「さあて、メイさんにはどんなつばさが似合うでしょうね。
 好きな色はなんですか。どんな空の日に飛びたいですか。
 希望があれば、話してください」
「好きな色……そうですね。さくら色と……そうミルク色かしら。
 よく晴れて、気持ちのいい、そよ風のふく日に飛びたいわ」
「それでは……さくら色とミルク色、軽い生地をふたえに、かさねましょう。
 こがらなメイさんがふわっと飛べるように」
 メイは両手をくんで、胸の前にあてて、自分のつばさを想像しました。
 さくら色とミルク色がかさなったつばさ。なんてきれいですてきなんでしょう。
「ふわっと飛べるんですね。すごいわ」
「それでは、背中やうでの、寸法をはかります」
 つばさ屋は、まきじゃくをとり、メイの背中やうでにあてて、寸法をノートにかきこみました。
「つばさは、どれくらいで仕上がるんですか」
「そうですね。材料をそろえたり、設計をしたり、生地を染めたり、生地を切ってぬったり……
 ざっと半年はかかります」
「ちょうど半年後に結婚式の予定なんです」
「花嫁さんにぴったりのつばさができそうですよ」
 つばさ屋はそう言いながら、窓をあけました。
 水色の空が広がっています。
 ふわふわの、綿菓子のような、雲が流れています。
 つばさ屋は、忘れることのできない遠い記憶を、きのうのことのように思い出しました。
「このきれいな空に、三十年前、爆弾をつんだ飛行機が飛んでいたなんて、うそのようですよ」
「ええ。ほんとうに。わたしがうまれる前の戦争のこと、父からききました」
「カイくん……お父さんもメイさんの幸せを祈っていることでしょうね。
 メイさん、どうぞ、お幸せに。つばさのできあがりを、楽しみにしていてください」
「はい。つばさをつけてあの空を、飛べるんですね。うれしいわ」
 風が、そよそよと、窓からはいってきます。
 空の高いところを、一羽の鳥が飛んでいます。
 まるでメイの未来を祝うように何度も何度も
 くるりくるりと大きな円をえがきながら、飛んでいました。


(第五章ー最終章ーに続く)











『つばさ屋』 第三章 はじまりのつばさ

2022年03月04日 | 創作帳
『つばさ屋』
  第三章 はじまりのつばさ


 世界じゅうをまきこんだ、大きな戦争が終わった年のことです。
 ある小さなまちの、小さな店の、おはなしです。
 その店は、おもてむきは、紳士服を仕立てる店でした。
 でも、そこには、わずかなひとしか、知らない、ひみつがあったのです。
 少年は、古びた地図を手に、まちを行ったり来たりしていました。
 少年は十才。
 名前はカイといいます。
 この小さなまちには、戦争が終わるまぎわに
 とてつもない大きな力をもった、おそろしい爆弾が落とされました。
 まちにはそこかしこに、なまなましいつめあとがのこっていました。
 もとは家や店やビルがならんでいたところが、広い広い焼け野原になり
 がれきの山が、あちらこちらに、つみあげられています。
 がれきをかきわけて、カイはやっと、めあての、路地を見つけました。
 小さな店数軒ならんでいる通りでした。
 この場所は、爆弾の炎からは、さいわいのがれたようでしたが
 建物はかたむいてたり、窓枠はゆがみガラスは割れたりしていました。
 花屋、菓子屋、雑貨屋、食堂などが、のきをならべていたようです。
 でも、どの店もあいているようすはありませんでした。

「ここだ。まちがいない」
 カイは、路地のおくまったところにある、ある古びた店のまえでたちどまり
 持っている地図とていねいに見くらべました。
 店のかんばんには、今にも消えそうな文字で、
『紳士服仕立てうけたまわります』
 と、書かれていました。
 ぺんきのはげかけた、かんばんでした。
 店のとびらの横にあるショーウィンドウのガラスには、大きなひびがはいっています。
 ウィンドウの中には紳士服がかざられていました。
 いかにも古そうなせびろとズボンでした。
 カイに紳士服のよしあしはわかりません。
 それでも、せびろもズボンも、色はあせているものの、とてもかっこうがよく
 いい生地で作られているように見えました。
 冷たい秋の風が、びゅうと、足もとからふきあげてきます。
 風はショーウィンドウの大きなひびから入りこみ、せびろとズボンのすそを、ひらひらとゆらしました。

「こんにちは」
 カイは、そっと店のとびらをあけました。
 店のおくには、めがねをかけた、三十才くらいの男のひとがいました。
 店の主人のようでした。
 手ざわりのよさそうな、紺色の生地やら銀色の生地やらを、両手にいっぱいかかえていました。
 店の主人は、生地のあいだから顔を出し、
「いらっしゃいませ」
 と言いました。
「あのう、ききたいことがあるんです」
「何でしょう。紳士服の仕立てですか?
 ぼちぼちとはじめたところですよ。
 倉庫のおくにしまっておいた生地を、ひっぱりだしているところなんです」
「おもてに、とてもかっこうのいいせびろとズボンがかざられていましたね」
「ああ、ありがとう。あれは、以前わたしの父がつくったものでしてね。
 店を始めるしるしとして、かざったんです。で、ききたいことって、なんでしょう」
「あの、ぼく、カイっていいます。
 ぼくの父さんから、こちらのつばさ屋さんにと、あずかってきたものがあるんです」
 カイはズボンのポケットから小さな布きれをとりだしました。
 布のはしには、こげたようなあとがついていました。
 すきとおった青色の生地でした。
「こ、これは」
 店の主人はたいそうおどろいたようすで、両手にかかえていた生地を
 あわててそばのつくえの上におきました。
 そして、カイが見せた生地を手にとって、かんしょくをたしかめたり
 窓から入る光にすかしてみたりしました。
「カ、カイくんといったね。これは、つ、つばさの、つばさの生地じゃないですか」
 カイはうなずきました。
「そうです。ぼくの父さんが、こちらで、この『つばさ屋』さんが、作ったつばさで、空を……」
 カイのことばをさえぎるように、つばさ屋は、感がい深い声を出しました。
「つばさ、つばさ屋……ああ、ひさびさにきくことばだ」
「父さんは、この布でできたつばさで、空を飛んだそうです」
「……確かに、これはわたしの父が作った、つばさの布の切れはしです。
 父が作っていたのを少しだけ手伝ったので、生地には、見おぼえがあります。
 特別な地方から仕入れている生地なので、なかなか手に入りにくいのですよ。
 どうして、これを、きみが?」
「ぼくの父さんが、ツバサさんにたのまれたそうです。形見として
 『つばさ屋』にいる、じぶんの息子にわたしてくれないかと」
「ツバサはわたしの父の名前です。飛行士として戦争に行ったきり、もどってきませんでした」
「ぼくの父さんも、飛行機乗りでした。ふたりは、航空基地で知り合ったみたいです」
「そうなんですね……カイくんのお父さんは? ご無事ですか?」
 カイは力なく首をよこにふりました。
「飛行機で南の島沖に行き、行方知れずのままです」
「……そうですか……カイくん、お母さんは?」
 カイはまた力なく首をふりました。
「母は……あの大きな爆弾にやかれて、なくなりました」
 つばさ屋は、長いかなしそうなためいきをつき
 しぼりだすように言いました。
「ああ、なんてひどいことだ。わたしもです。妻も五才だった子どもも……
 家族はみんな、爆弾に焼かれてしまったんですよ。わたしはひとりになってしまった……」
「……これは父さんから、あずかったつばさと地図。すみません。つばさは、ほとんど焼けて、この切れはししか、見つかりませんでした」
「気にしないでください。いいんですよ。こうしてたずねてきてくれただけでありがたいことです」
「地図は、ほとんど読み取れるくらい無事でした。それでここに来ることができました」
「こうして、父とつながりのあるきみに会えて、とてもうれしいですよ」
「父さんは一度だけ、つばさ屋さんのつばさで飛んだことがあるそうです。
 夢みごこちで、空を飛んだことを、とても楽しそうに話してくれました」
「楽しそうに……」 
「でも、ぼく、ひとがつばさをつけて空を飛ぶなんて、信じられなかったんです。
 でも焼けのこった、つばさの切れはしと地図。これを見て、父さんが、最後、つばさのはなしをしていたときの
 とびきり楽しそうな顔を思い出しました。それが本当だったのなら、ぼくも、つばさをつけてみたいなあ、と、」
「そう言ってもらえてうれしいですよ。つばさを作るのは宣伝はしていないんですよ。
 材料をそろえるのも、設計をして仕立てをするのも、複雑でたいへんな作業なんです。
 たくさんは作れないですから。わたしひとりでは、なかなか……」
「そうなんですか。さっきも言ったけど、ぼく、つばさの話なんて信じられなかったんです。
 でも、地図にあったとおり、店がありました。うれしいです。
 父さんの言っていたことは、本当だったんだって」
「戦争中は、ずっと、『つばさ屋』という看板は下ろしていたんですよ。
 父もいないですしね。それに、戦闘機が飛びかう空でなんて、危険だし
 楽しく飛べるはずもないですから」
 つばさ屋は、肩をおとして、つばさの切れはしをカイにもどしました。
「あの……もう、つばさは作らないんですか?」
「まよっているんですよ」
 目をふせて、つばさ屋は考えこんでいるようでした。
「父さんの言っていた、夢みごこちで空を飛べるつばさ、この世にあるなら
 ぼく、見てみたいです。いつか背中につけて飛んでみたいです!」
 カイの、きらきらしたひとみを見て、つばさ屋の、まよっている心がゆれ動きました。
「わたしのなくなった妻も、よく言っていました。いつか、あなたの作ったつばさを見てみたい、わたしも飛んでみたい、と」
 家族を思い出すつばさ屋の目に、うっすらと、涙がにじんでいました。
「ぼく、お金がたまったら、つばさを作りにきます。だから」
「……いや、その必要は、ないですよ」
「え?」
「決心しました。こうして、父の形見をカイくんが持ってきてくれたのも、何かの縁でしょう。
 カイくんには、つばさ屋の再開、いちばんめのお客さまになってもらいたいです」
「じゃあ、またつばさを作るんですね」
 カイはうれしくて、飛び上がりそうになりました。
「ええ、なくなった父親からうけついだ技術を思い出して、がんばってみますよ」
 つばさ屋は、力強く、うなずきました。
「でも、あの、ぼく、お金は……」
「カイくんは、つばさ屋にとって記念すべき、お客さま。お金はいらないですよ。
 さあて、カイくんにはどんなつばさがにあうかなあ……」
 つばさ屋は、店のとびらをあけて、カイを手まねきしました。
「カイくん、いっしょに空を見てみましょうか」
「はい」
「どんなつばさをつけてあの空を飛ぼうかと、想像することから、つばさ屋の仕事は、始まるんだって
 父はよく言っていました」

 ふたりは外へ出て、空を見上げました。
 空は高く、空気は、すんでいます。
 すきとおった青い空が、どこまでもどこまでも、広がっていました。


(第四章に続く)