きみの靴の中の砂

一九七九年の七月もほぼ終りの、そんな梅雨明け十日のある朝のことだ

 

 原色でおどろおどろしい店の看板が、近所の善良な住民の間でひたすらヒンシュクを買っているエスニック料理の店『チムール(命名の趣旨がよく判らない)』のガランとした簡易舗装の駐車場の雑草を踏んで、ぼくと水口イチ子は立ち並んでいた。

 HONDA Z。360cc、空冷2気筒 ------ オレンジ色の中古車。

「とうとう、買っちゃったのね。空冷エンジンは扱いが難しいっていうよ」とぼく。
 チョコチップ入りのビスケットをかじりながら、ぼくは車の周りをゆっくりと眺めて回った。
「みんなにもそう言われる。でも、あなたのディンギーよりは言うことを聞いてくれそうな気がしなくない?」とイチ子。
「ああ、そうかも。ハンドルがあるからね」
「いずれにしても今年の夏は、あたしの車とあなたのディンギーが揃ったわけだから、最高に楽しい夏休みになりそうじゃない?」

 まったく同感だった(サビの目だつ、ぼくの軽トラよりはイチ子のZの方が湘南の夏にピッタリな気がした)。

 白いセイル生地で作った、イチ子の肩までの丈程もある大きなマリン・バッグを後部座席にギューッと押し込むと、ぼくはチョットばかり窮屈な助手席に体を滑り込ませた。
 イチ子がハンドルを握る。
「行くわよー」
 彼女のTシャツは真っ白なおろしたてで、カットオフ・パンツから伸びた細い足は、トースターから飛び出したばかりのパンのように日焼けしていてとても美味しそうに見えた。

 


【Rick Mathews - I Want To Make You Happy】

 

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