手狭になった部屋のガラクタを整理していたときのことだ。
「これも処分してしまっていいの?」とイチ子の声がする。
イチ子の手元をのぞき込むと重ねられた三十枚ほどのシングル・レコード。一番上のカバーのない輸入盤をぼくに見せながら、イチ子がレーベルを読んでいる。
「ザ・ビーチボーイズ "When I Grow Up To Be a Man" ・・・・『大人になったら』っていうの?この曲、もしかして大学の時、あなた、バンドで歌ってなかった?」とイチ子。
「よく憶えてるね。四声パートのコーラス・バンド...」とぼく。
「あなた達って、確かアルバイトでお正月のスケート場で歌ってたわよね?」
「そうそう。屋外スケートリンクのバイトって、寒いからどのバンドも嫌がるんだよ。手がかじかんで、ギターも弾き間違えるし...。でも、あのときのぼく達はお金がなくって、あんなバイトでも好き嫌いを言えなかった」
「スケート場のマネージャーもマネージャーよね。なにも真冬にサーフィン・バンドに声をかけなくてもいいようなものよね。まあ、そういう話はさておいて、レコード、ホントに処分していいの?」
「うん。構わない。全部CDで買い直してあるし...」
「でも、最後にもう一回かけてあげましょうよ。ターン・テーブルも出てるんだし...。アンプにつなぐだけじゃないの...」とイチ子。
というわけで、そのレコードにとっては、それが最後の演奏会となった。
*
ぼくは今も憶えている。あの日のスケートリンクで、イチ子がスケート靴を履いたまま、滑りもせず、演奏するぼく達をじっと見ていたのを...。
【The Beach Boys - When I Grow Up (To Be A Man) 】
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