きみの靴の中の砂

わが家もフレンドシップデー





 去年の『よこすか開国祭』の花火大会の日、ぼくは、たまたま朝から仕事があって出遅れ、夕方、イチ子と待ち合わせて、米海軍基地の通称三笠ゲートと呼ばれているウォンブルゲートに着いたのが、入場制限が始まる午後七時まであと数分という頃。なのにゲート前は、持ち物検査の長い列ができていて「こんなに並んでるんじゃ、時間切れで入れないかも...」とぼくは心配してイチ子の顔を見た。
 その夜、食べ物も飲み物もすべて基地に入ってから調達しようと計画していたから、準備は皆無。
「えーっ、それじゃあアタシに花火も外食も我慢しろってか!」と突然イチ子が大きな声を出す。

 例年なら遅くても昼過ぎには出かけ、うみかぜ公園からヴェルニー公園の方へ中央大通りのイベントを見ながら散歩して、海上自衛隊基地の見学のあと、シャトル船で米海軍基地へ渡って軍艦を見て、そして花火も観るというのがお決まりのコースだった。だから、午後六時を回ったゲート前がここまで混むとは、この現実に直面するまでまったく知らなかった。

 花火大会の夜に、外で食べ物や飲み物を手に入れるのが楽ではないことをぼく達は知っていたから、その夜は、早々と無念の帰宅となった。

                            ***

 ぼく達のマンションの窓は、三ヶ所ある打上げ会場とはすべて反対向きで、開け放った窓からは、花火の炸裂音だけが近くに遠くに聞こえるばかり。

 当初の予定どおり夜遅くなって花火から帰ってきて、万が一お腹が空いているといけないと、イチ子があらかじめ用意していたというスモーク・チキン、小海老と野菜のマリネ、そして日本人にはちょっと売りづらいいほど熟成が進んでしまったというのをおまけしてもらって買ったブルーチーズ、そしてパリジャンとイタリアの赤ワインで、その夜は、わが家もフレンドシップデーとなった。
「こんなにおいしいものがあるなら、なにもベースで、パサパサのターキー・レッグや炭化したバーガーなんか食べなくてよかった」とぼくが言うと「今日が仕事だって聞いたとき、初めっから嫌な予感がしてたんだ」とイチ子。そして、
「今年はパレードもすっかり観そびれちゃったね」と。
「うん。でも、女子大付属のマーチングバンドは観たかったな」とぼくが花火の音しか聞こえない窓の外に目を移して言えば、イチ子は、ぼくの手に手を重ねて「また、来年観られるって」となぐさめてくれるのだった。


 

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