きみの靴の中の砂

林で書いた詩




 

 あるテレビ・ドラマの冒頭。

 海へ下る坂道の風景が美しい北海道小樽。
 市立図書館に勤める寡黙な青年司書がひとり。
 そしてある日、借りたいと彼の前に本を差し出す、都会から来たと見える美しい年上の女がひとり。
 女は、図書館に入ってきた時には既に刑事に尾行されていた —— 古い記憶で、その後のプロットは定かでない。

 あらかじめチェックしていた番組ではなかった。チャンネルを回すうち、たまたま目に留まったに過ぎない。タイトルが伊藤整の詩の代表作『林で書いた詩』と同じだったこと、そして制作が東京のキー局ではなく、北海道の地方局というめずらしさもそれを手伝ったかも知れない。

 観たのは、いつのことだったか。以来、時折、ふと、このドラマを思い出す。

 ネットで調べてみた。これまで調べなかったのは、この単発一時間ドラマの制作年代がパソコン出現以前のことで、制作データがネットに公開されているとはとても思えなかったからだ。

 少ない資料からいくつか分かったことは、東京での放映は、当時の民放長寿番組のひとつ『東芝日曜劇場(第937回・1974年11月24日JNN系列による全国放送)』というから、チャンネル6・TBS東京放送、日曜午後9時からのことである。

脚本・市川森一、演出・長沼修、音楽・深町純、制作・HBC北海道放送、1974年度第7回TV大賞特別賞受賞。
出演・桜木健一、香山美子 他

 この作品のモチーフとなったのは、タイトルどおり伊藤整の詩『林で書いた詩』である。

 

 

やっぱりこの事だけは言わずに行こう。
今のままのあなたを生かして
寂しければ目に浮かべていよう。
あなたは落葉松の緑の美しい故郷での
日々の生活の中に
夢みたいな私のことは
刺のように心から抜いて棄てるだろう。
私の言葉などは
若さの言わせた間違いに過ぎないと極めてしまうだろう。
何時か皆人が忘れたころ私は故郷へ帰り
閑古鳥のよく聞える
落葉松の林のはづれに家を建てよう。
草薮に蔽われて 見えなくなるような家を。
そして李が白く咲き崩れる村道を歩いて
思い出を拾い集め
それを古風な更紗のようにつぎ合わせて
一つの物語りにしよう。
すべてが遅すぎるその時になったら私も落ちついて
きれぎれな色あせた物語りを書き残そう。

 

 

 女は連行されていった。

 ラスト・シーンは、桜木健一演じる図書館司書が落葉松林にたたずみ、あの年上の女性を想いながら、伊藤整の詩を黙読するシーンがモノローグとして流れる。

 人には『誰にも言わず、自分の思い出の中にだけ留めておくことがあるものなのですよ』ということなのだろう。

 そして、エンド・マーク。

落葉松の林のはづれに家を建てよう。
草薮に蔽われて 見えなくなるような家を。

 この一節は、時折思い出すたびに、なぜか胸がキュンとなる。

 


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