きみの靴の中の砂

キッチン・ピエロ





 新宿御苑前、区立図書館に程近いキッチン・ピエロは、週日日々昼近くに店を開けた。
 ランチの仕込みの都合なのか、定時開店はない。問われれば、ただ昼前頃としか言い様はなかった。
 午後の休憩はなく、そのまま喫茶室になったり、夕方には早々と御酒を嗜む近所の隠居衆が来た。
 客が切れれば二十時頃に、軒に下がった赤地に白抜き文字の電光看板の灯りは落ちたが、客がいれば十時頃まで料理を出した。

 マスターの澤口さんもコックのセイさんも ----- この共に還暦前後に見えるふたりが従業員のすべてである ----- 誰が見ても曰く有り気なふたりで、セイさんに至っては、ひどい訛りか吃音でもあるのか、声を発することはなく、マスターの言うことにただ静かにうなずく程度で、声を聞いたことのある人は殆どいないということだった。

 メニューは定番の五品と日替わりが二品。いずれの味にもレトロな洋食の正統が感じられるはずだ。
 セイさんの得意料理は、人気メニューでもある蟹クリームコロッケで、添えるタルタルソースのタマネギに存在感というか歯ごたえがあり、きざみ加減にある種のこだわりが見て取れた。
 手作りのパン粉をまぶされ、揚げられた蟹クリームは、世間のおおよその店が出すような、ナイフを入れると中身が流れ出てくるようなヤワなものではなく、ぼくの知る限り、その濃厚さは他のレストランのものの比ではなかった。




【The Association / Never My Love】


 

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