きみの靴の中の砂

ソウルから東京新宿にやって来て野垂れ死に

 

 

 芥川賞に比する韓国の文学賞に李箱賞というのがある。文学好きなら欧米の文学賞のひとつやふたつは聞いたことがあるだろうが、隣国の文学賞を知る者は少ない。

 李箱は、イ・サンと読む。併合後のソウル出身なので、半島出身日本人と表現してもいい。朝鮮語でも日本語でも著作があり、27歳でソウルから東京にやって来て、野垂れ死にが如く新宿で亡くなったと言えば多少馴染みがあっても良さそうなものだが、そうならなかった理由は民族的なことなどでは毛頭無く、作品の高尚さにある。当時の日本人の評価は、天才か否かの両極であり、常人の理解を遙かに超える。尤も稲垣足穂が変なオジサンに見られる国だから、李箱の評価が分かれるのも有り得る話だ。理解するに難しいが、私は、彼を天才に分類したい。

 さて、その李箱賞だが、短編・中編が対象である。受賞者は記念エッセーを書くことになっていて、日本でも翻訳書が出ている。今は版が絶えているようだが、それが、なかなか興味深い。ただ、受賞作の著作権が、主宰する版元に三年間属する契約に反発して、昨今は受賞を辞退する作家も複数いる。

                    

 韓国の作家の著作の傾向は1970〜80年頃の日本に似ていて、今の日本の小説のように画一的ではなく、面白い。それ以降の日本は、小説家を輩出する中間層の生活が豊かになり、不自由が減り、その幸福な環境は、文芸には効果的に働かなかった。平穏な日常生活からは、興味ある文学作品は生まれにくいということだ。だからか、題材が『不治の病』だの『死』だの、創作上の禁じ手を安易に使う作家が増え、出版界にそれを自浄する能力もないから、現代には似つかわしくない陰気臭い、暗い小説がベストセラーになったりする。
 世の中、『活字離れ』と言いだして久しいが、 それを加速させたのは、プロの作家の経験不足・技量不足が無関係ではない。

 

 

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