きみの靴の中の砂

『無頓着』には語れない




 昔、新宿末廣亭の斜向かいの地下に一軒のバーがあって、ぼくは、その店でフォアローゼズやストロワーヤの味を覚えた。

 その店は、常連の誰かが新たな客を連れて来ない限り、一見がひとりで店に入ってくることはなかった。

 そこは、排水が悪いせいで、大雨が降るとレンガ敷きの床は十センチ程冠水した。その冠水時に臨時休業した話は過去に遡っても聞いたことはなく、飛び石代わりに床にブロックが敷かれ、常連達は器用にそれを伝い、カウンターの席に着いた。

 店の壁は、かつては漆喰色だったことが辛うじて伺えるが、ぼくが出入りした時分には既に余すところなく写真が貼られ、マジックの書き込みで埋め尽くされていた。

 当時、客層の多くは若い役者や放送作家で、素性が不明な輩も多く、ぼくのようにさらに怪しげな者も時折混ざった。

 その店にまつわる小ネタは沢山あるが、箇条書きにしてみろと言われても、今となっては関係者に業界の有名人もいて、店の名前同様『無頓着』には語れないのだ。




【Connie Smith - The Night Has a Thousand Eyes】

 

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