きみの靴の中の砂

スポット・ライト

 

 

 あるプロフェッショナルのバンドマンを知っている。ビッグバンドの花形テナーサックス吹きだった。

 彼の話では、テナーサックス奏者として、ある曲のあるフレーズを一息で吹けなくなったら、プロとして一線を退くという不文律があるそうだ。また、楽器ごとにそういったフレーズがあるとも聞いた。

 引退し、写真集配の仕事を得て夫婦暮らしを支えた。車持ち込みでルートをいち日ふた回り。渋滞がなければ九時五時の仕事で、早々と大好きな家飲みが始められたようだ。

 ウイスキーを水割りで毎日ボトル半分弱。一週間に二本以上飲む計算になる。

 つまみは、飽きるまで同じものを通すのがスタイルで、例えば大きくなくてもいいから、ステーキと決めたらズーッとステーキ。ふた月でもみ月でも続く。

 口に合ったのか、とりわけその期間が長かったのが豚足だったとか...。

「普通、世の中の人は酢味噌で食べるけど、ぼくは、あの辛い棒棒鶏を付けて食べるのが好きだ」と言っていたのを覚えている。

 豚足にかぶり付き、口のまわりに付いた棒々鶏を拭いながら水割りをグビッ! 目に浮かぶようだ。

 そんな彼だったから神様に —— そんなに酒が好きなら、もう仕事はいいから、コッチへ来て毎日好きなだけ飲んで暮らしなさい —— と言われたかどうかは今のところ調べようがないが、遂に還暦を迎える一年前にアッチ側へ行ってしまった。

 今でも豚足を見ると必ず彼のことを思い出す —— 演奏中、彼のソロ・パートが来て、黒襟にキンラメの上着を着た彼が立ち上がり、スポット・ライトの中で体をのけ反らし、思いっきりテナーサックスを吹く様を…。

 

 

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