「今までで、どんな時に自分が大人になったなぁと思ったことがある?」と水口イチ子に唐突に聞かれて面食らった。
「なんか急に聞いてみたくなったの」とも。
ほとんど質問されたことのない問題で、ぼくにはしばらく考える時間が必要だった。
「疲れ易くなっただの、眠りが浅くなっただののようなマイナスの要因では、そんなことは思ったことないな。かと言って、お小遣いに不自由しなくなったなんていう物質的なことでもない」とぼく。
「う~ん、今のところ、予想どおりの答えね」とイチ子。
「そうだなぁ、子供の頃嫌いだった食べ物、例えば春の蕗のとうやセリやタラの芽、夏が来て茗荷、秋にサンマのワタなんかを食べて『あ~、美味しい』と思った瞬間に同じ質問をされたら、『今!』と答えると思う」とぼく。
「へ~、そうなんだ」と妙に感心したような口調のイチ子。
「まぁ、ここだけの話だけど、夫婦もんがやってるような街の小さな居酒屋なんかで、百八十円のアジフライを頼んで、それにウスターソースをイッパイかけて、それをかじりながらハイボールなんか飲んだりしている時に同じことを聞かれても、『今!』って答えるかな」
「ハイボールって、ウイスキーを炭酸で割ったやつね?」
「そう、そう」
「アジフライが好きなのは、安いから?」
「違うね。好きだからだね。大人の味だしね。仮にそれが五百円だって食べるよ」
「なんだか、あたしも急にアジフライ食べたくなっちゃった。夕飯、アジフライでもいい? おいしいパン粉付けてうちで揚げるから...」と言うとイチ子は、早くも買い物に出かける支度を始める日曜の昼下がりであった。
The Astronauts / Hot Doggin'
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