きみの靴の中の砂

少し心配しはじめてはいるのだが...





 午後、夏の雨がひとしきり降って、それが日暮近くにあがると、風はいつもより早く陸風に変わったようだ。そのせいで、雨で湿った大気は海へ押し出され、この日は、わりかし爽やかな夕暮れがやってきた。

 隣に住む、大使館勤めのアルゼンチン人のコスタさんから頂いたと、イチ子さんがオイル・サーディンの缶詰を半ダースばかり見せながら、
「こんなに沢山、どうしよう」と言う。
「心配しなくてもサーディンの調理法は、思いのほかあるよ」とぼく。
「今夜はとりあえず、これで前菜を作りましょう、と言うよりも、それで全部食べ切っちゃったりして...」と笑いながらイチ子さん。
「そうだね。カナッペにすればいいね。それなら軽食も兼ねるし...。久しぶりに白ワイン開けようか?」とぼくが言うと「そうと決まれば、話は早いわね」と彼女はサーディンの缶詰をふたつ開けて中身を取り出すと、フォークの背でつぶしはじめた。それにタマネギとパセリのみじん切りを加え、マヨネーズと胡椒で味を調えたペーストさえ作ってしまえば、あとはニンニクをすり込んだフランスパンのスライスにそれを塗ってトーストするだけ。

 今夜のワインは、ドイツ・モーゼルの白。日本ではモーゼルの辛口の知名度はいまひとつなのか、元町の杵屋で半額にディスカウントされていたのをケースで買って来たのが冷えている。

 ところで、滅多に喧嘩することもなく、無難に生活するぼくたちだが、今のままでいいわけはなく、いったいいつになったら小さな家族が増えるのかと、近頃、ふたりで少し心配しはじめてはいるのだが...。




Jay & The Americans / Hushabye


 

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