きみの靴の中の砂

夏の終わりの風がイチ子のシャツには少し肌寒いのか





 何年か前の晩夏。
 陽が落ちはじめた旧イタリア大使館の桟橋の上。

「冬の中禅寺湖に来たことある?」と水口イチ子。
「子供ながらに凍結した華厳の滝を見上げた覚えはあるけど、冬に湖畔まで来た記憶はないなぁ」とぼく。
「また冬に来ましょうよ。スケートもできるんでしょ?」
「室内スケート場はあるけど、戦前とは違うから、最早湖上では無理。今は厚い氷が張らないみたいだよ」

 中禅寺湖が日本のハイランドにある湖としては、標高が一番高いというのを知っていてそんなことを聞いたのだろう。

「紅葉の時期になると観光地になっちゃうから、レイク・サイドでのんびり過ごそうっていうなら今頃から紅葉前までの誰もいない頃がぼくは好きだな」

 そう言うのを聞こえてはいるのだろう、正面を向いたまま首を縦に何回か振ってはいたけれど、湖面から吹いてくる夏の終わりの風がイチ子のシャツには少し肌寒いのか、気付けば首をわずかにすくめ、両手をパンツのポケットに入れている。




【Electric Light Orchestra - I'm Alive】

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村

 

最新の画像もっと見る

最近の「きみがいる時間」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事