特定の著名人をフィーチャーした作品は、古くは『上を向いて歩こう』の世界的ヒットで知られる往年の名歌手・坂本九の、歌手としての成功を収めるまでの半生をダイジェストに綴った『九ちゃん』(「少女ブック」62年5月号別冊付録)や、80年代では、交遊関係にある写真家・荒木経惟の 狂騒的な生活と生き様をブラックな笑いを盛ってカリカチュアライズした『カマラマン荒気だ‼』(「月刊GAGDA」81年9月(創刊)号~11月号)、同様に、新進気鋭の作詞家、コピーライターとして、一躍脚光を浴びることになる糸井重里をモチーフに据えた『さすらいのコピーボーイ』(「日刊マンガ」80年9月準備号)等があるが、時局性に当面した、ライヴ感覚溢れる人物ニュース漫画ともいうべきジャンルが本格的に描かれるようになったのは、1983年からスタートした『今週のダメな人』(「週刊宝石」83年5月6日号~84年12月21日・85年1月1日合併号)と『IFもしもの世界 今週のアダムとイフ』(「女性自身」83年8月25日・9月1日合併号~84年4月19日号)の二本からだ。
いずれも、当時のワイドショーや週刊誌、スポーツ紙の各紙面を騒がせた各界の著名人が俎上に載せられている。
『今週のダメな人』では、大麻不法所持で逮捕されたショーケンこと萩原健一、勝プロの倒産以降、多額の負債を抱えていた俳優の勝新太郎といった有名芸能人、スポーツ界からは、六度目の防衛の際、ルぺ・マデラに惨敗を喫し、王座より陥落した世界ライトフライ級元チャンピオンの渡嘉敷勝男、長期に渡るスランプに陥っていたプロゴルファーの尾崎将司、また政財界からは、「ロッキード事件」の一審判決により、懲役四年、追徴金五億円の実刑判決を受けた田中角栄、時の自民党総裁でありながらも、依然として田中角栄の強い影響下にあり、政界の風見鶏と揶揄されていた中曽根康弘総理大臣、果ては、この時日本に公式訪問中にあったアメリカのロナルド・レーガン大統領に至るまで、多方面に及ぶビッグネームがコキ下ろされた。
また、『アダムとイフ』においても、愛人殺害の罪により七年間服役し、出所後会見を開いた元ロカビリー歌手の克美しげる、「三和銀行巨額横領事件」の犯人であった伊藤素子といった元受刑者らが、辛辣を含んだ不謹慎ネタとして、血祭りに上げられている。
『今週のダメな人』では、訓練生への監禁、傷害致死等、過酷な体罰が表面化し、戸塚宏校長をはじめとする関係者十五名が逮捕、起訴された所謂「戸塚ヨットスクール事件」も、モチーフとして潤色し、扱われた。
戸塚ヨットスクールに『巨人の星』の星飛雄馬や『あしたのジョー』の矢吹丈が入校するというエピソードで、逆に飛雄馬が教官に大リーグボールを投げ付けてシゴくなど、正しき人間には拒絶反応を示すといった、特異体質を持つ教官達を、尻込みさせてしまう本末転倒ぶりが至ってシニカルだ。
この挿話は、「戸塚ヨットスクール事件」の顚末をドラマの縦軸にしつつも、そのプロットには、タイムリーな逮捕となった漫画原作者の梶原一騎の一連の暴行スキャンダルを不可避的に想起させるギャグが挟み込まれていたりと、一つの話材からもう一つの話材へと連関する地続きの効果を孕んだもので、赤塚ならではの複眼的視点が窺える。
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1984年から85年に掛け、京阪神を舞台に怪人21面相を名乗る集団が、江崎グリコ、丸大食品、森永製菓、ハウス食品等、大手食品メーカーを標的に次々と企業恐喝を繰り返した「警視庁広域重要指定114号事件」、即ち「グリコ森永事件」もまた、『今週のアダムとイフ』の中で、不条理性感度引き立つ、奇絶怪絶なナンセンス譚に染め上げ、取り上げている。
ストーリーは、怪人21面相グループを彷彿とさせる二人のアウトローが、当時、無芸大食の象徴タレントとして知られていた斎藤清六を誘拐し、同時期に「笑っていいとも」で共演していたタモリに、多額の身代金を要求しようと企てるといった内容で、落ちは、ブリコ(グリコのもじり)のキャラメルを一粒口にした斎藤清六が、普段のドジっぷりからは予想だにしない身体能力を発揮し、グリコの商標である有名なゴールイン・マーク同様のポーズとスタイルで、脱兎の如く犯行アジトから逃げ出すというものだ。
そう、有名な「一粒300メートル」のフレーズは伊達ではなかったのだ。
ラストのコマには、本作の狂言廻しでもあるイフちゃんなる若い女のコが登場し、「清六さん これからブリコを食べてドジを直してネ‼」「あなたのドジ 最近少しハナについてきたわよ」と、恰も読者と同じ目線に立った手厳しいコメントを発して終わる。
このイフちゃんは、元々『天才バカボンのおやじ』の第九話「新婚ほやほやチュチュチュのチュなのだ」(「週刊漫画サンデー」70年5月13日号)のゲストとして登場したバカ大の後輩・ヒロ坊の新妻であるワカ子さんで、十数年を時を経て、新たに描き換えられたヒロインキャラクターだ。
各エピソードの文末には、ほぼ毎回イフちゃんが、その際、対象となった人物や事柄を総纏めするというパターンを採っており、見方によっては、小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』の創作スタイルの先駆けとして位置付けることも出来よう。
芸能ゴシップにおいても、外国人アーティストへの優遇に対する憤りから、ウドー音楽事務所に出刃包丁片手に乗り込み、警察沙汰となったロック歌手の内田裕也を〝外タレ〟ならぬ〝害タレ〟と一刀両断したり(『今週のダメな人』)、人気歌手が〝名声会〟なる親睦団体を結成した際には、ビートたけしや火野正平ら、当時女性スキャンダルの絶えなかったタレントらを寄せ集め、〝名性会〟なる会を発足させたりと(『今週のアダムとイフ』)、どちらのシリーズも、ドラマトゥルギーの基本(起承転結)を踏まえつつも、4ページという限られたスペースにあって、舌鋒鋭いファルスを絶妙なトラジェディーの匙加減で纏め上げている。
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