この『文学散歩』と同様に、成人向け赤塚漫画には、一つのテーマにパロディックな拡大解釈を施した仮想世界を、コント形式に綴った作品も少なくなく、時には、その後の社会情勢に警鐘を鳴らす、真に迫った箴言がギャグとして喝破されていることもある。
1983年に、祥伝社が新創刊した「2001」で、丸二年に渡り、レギュラー執筆された『にっぽん笑来ばなし』(83年11月21日1号~85年11月21日25号)は、まさしくそうした資質を持った最たるシリーズと言えよう。
2001年を舞台に、近い将来起こり得るかも知れない身近な〝IF〟の世界を仮定したこの作品は、そのテーマとなるペシミスティックな未来像を、現実的根拠に基づく笑いを磐石に据え、解き明かしてゆくシチュエーションコメディーの傑作だ。
個人的に、忘れ得ぬエピソードとしては、第七話の「もしも……こんな国鉄になったら‼」(84年5月21日・7号)と、第十八話の「ネバーエンディング・ストーリー・イン・ヤクザ」(85年4月21日・18号)の二本である。
「もしも……こんな国鉄になったら‼」は、遠距離通勤のサラリーマン向けに、国鉄が車両内に焼き鳥屋や雀荘、果ては銭湯から風俗店まで設け、列車そのものが走る商業施設と化すという、緻密な演出に基づくバーチャリズムが小気味良く、通常エピソードに見られる、危機迫る新世紀の将来像とは別の趣きを持つ異色のエピソードである。
赤塚がかつて、一二〇〇万円を掛けて特注したものの、二、三回乗っただけで飽きてしまい、友人である立波部屋の元大相撲力士・玄武満にあげてしまったという、サロン型のキャンピングカーを思い出し、生まれたアイデアとのことだが、小洒落たショットバーや、個室にシャワールームを完備したデラックスな寝台特急が導入されている現在を鑑みると、その先見性に富んだ発想は、流石と言わざるを得ない。
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「ネバーエンディング・ストーリー・イン・ヤクザ」は、タイトルこそ、当時日本でも大ヒットしていた『ネバーエンディング・ストーリー』(監督・ウォルフガング・ぺーターゼン/主演・バレット・オリバー)のパロディーであるものの、物語そのものは、山口組の跡目争いに端を発する暴力団史上最大の抗争事件、所謂「山一抗争」から材を採っている。
山田組と三和会の十五年にも及ぶ、血で血を洗う大抗争により、2001年、大阪ミナミの街はゴーストタウンと化し、完全に寂れ果ててしまう。
組員を全て失った山田組と三和会の組長は、呉越同舟の中、手打ちを交わし、オーナーと店長として喫茶店を開業する。
両組長とも、共同経営が軌道に乗り、またお互いが子分を持つ身になったら、改めて抗争を勃発させるという目算であったが、とある雑誌記者が取材に訪れたことで、思わぬ火種が燻り出し、記者を巻き込んでのドンパチへと雪崩れ込んでゆく……。
81年7月、山口組三代目組長・田岡一雄の死後、跡目問題を巡る対立から、山口組は分裂。竹中正久四代目襲名に不服を唱える反竹中派の幹部構成員を中心とした新団体・一和会が結成される。
85年1月、一和会、二代目山広組系構成員による「四代目竹中組長射殺事件」が引き金となり、以降二年余りに渡り、二府十九県において、双方合わせ三〇〇件以上の報復、攻撃等の事案が勃発。死者二五名、負傷者七〇名を出す史上空前の抗争事件へと発展した。
その後、89年3月に、命脈尽きた一和会が解散を宣言し、事態は収束を見せるが、本エピソードが発表された頃は、時として民間人を巻き込んだ争いが発生するなど、抗争がピークへと達してゆく激動の時期にあり、一般市民を不安と恐怖のどん底に突き落としていた。
まさに、そんなタイミングで描かれた作品だけに、ミナミの街がゴーストタウンと化す設定には、妙に生々しさを感じる。
尚、本作は、二十一世紀を目前とした2000年に、タイトルを『ギャグ21世紀』と改題し、掲載誌「2001」の版元でもあった祥伝社より単行本化される。
原作者の赤塚自身、描いたことすら忘れていたと語るマイナータイトルだけあって、セールス面においては、不発に終わったものの、編集者とともに現視点より、予言となる各テーマと当時の世相風俗を振り返るコラムや、都市工学の権威・渡邉定夫東大名誉教授との対談など、読み応えあるコンテンツを収めた好企画となった。
因みに、同書に「第五の予言」として掲載された「超能力者と結婚する方法」(84年3月21日・5号)の回想コラムにて、「銀座でスプーン曲げの青年に会ったことがあるのだ!」と、その時、漫画家のつのだじろうから元超能力少年を紹介されたという赤塚の追述があるが、当該の若者は、スプーン曲げの他にも、念力や念写などのパフォーマンスにより、70~80年代、度々メディアに登場していたエスパー清田こと清田益章のことであり、ここで赤塚が語った関口(淳)元少年については、記憶違いであることも、加えて補足しておきたい。
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