機動戦士ガンダム0079 ジオン第八連隊記 復興(あす)への咆哮
報告書8 『親父と、プチ四駆』
「…なあ、シモムラ。昔流行ったプチ四駆ってヤープトだとまだ売ってるんかな」
「あの20年位前にあった奴ですか?」
俺の直属の上司、八連隊七中庶務係長のナカジマ曹長は「粋」だ。「野暮」と会話なんてしない。
どれくらい粋かって?軍人よりツ・キヂの魚河岸で仲卸の社長やった方がずっと似合うくらいだ。
俺みたいな野暮なクソが仕事で何らかの報告を上げる際に会話の中に「あの~」とか「え~~と…」なんて無駄な接続詞を挟もうものなら
「あ~~~ッ!!もういい!」
と強制終了。以後の話なんて聞いてもらえない。 その係長がか?あたかも初心者が専門家に教えを請うような「謙虚な」口調で遥か以前に絶版になったレトロおもちゃの情報について俺に訊いてきた事に馬鹿でクソな俺もたまげた。この日はクリスマスイブの前日23日に軍民合同でやるお楽しみ会の準備調整とかでえらい忙しかったのだがその合間お茶タイムにこの話題だ。
「経済制裁時代に絶版されたのは知ってる。でもヤープトって今にも潰れそうな下町のおもちゃ屋や駄菓子屋で恐ろしく昔の名品が売れないまま倉庫の奥に『寝てたり』するだろ。倅のクリスマスプレゼントに贈ったら凄い驚くんじゃないかと思ってな」
「地震や津波でも被害受けなかった生き残ってるお店とかを探せば絶対ありそうだと考えます」
ここで予備知識の無い第三者に説明しておくと、『プチ四駆』とはMSの駆動推進系で知られるツィマットにかつてあった玩具部門から発売され宇宙世紀58~61年くらいに爆発的に流行した脳波操縦式のラジコンカーのことだ。ナ・ンバにその工場があった。
手動リモコンでも音声認識でもなく「鉢巻アンテナ」と呼ばれる専用コントローラーを用い頭の中で考えたままに走る姿に、級友の兄貴から借りてやらせてもらった俺は大いに感動した。
ただ、知る通り不発に終わった58年の共和国宣言の翌59年から本格化した連邦の経済制裁で以後製造が不可能になり惜しくも絶版に追い込まれた。
誕生日に親に買ってもらおうと楽しみにしていた俺は落胆し、ナ・ンバでは大人も含め反連邦暴動が起きそうな勢いだった。それだけ人々から愛されていたのだ。地球側メーカーも何度かパチ物、海賊版を造って売り込もうと画策したが結局同じ性能の物は最後まで造れなかった。
「チビ四駆の改造部品や強化パーツとかって付けるのに本体削り直したりする必要あるんかな」
「ツィマットの純正品ってなっていたら、本体改造しなくてそのままポン付けできますよ」
「ん…」
これまで「野暮とは話さない。それでも話したいなら通訳を付けろ」という粋として、極めて硬派な姿勢を崩さなかった係長がこんなに普通に「親父」として話したのを俺は初めて聞いた。
「今週どっちにしろ俺日曜に休日勤務だからさ。100ハイト預けとくから改造部品も含めて買っといてくれないか。釣りが出たらお前にやるからさ」
「了。ただお釣りは返しますよ」
「お前…俺が普通の父親だって今頭の中で考えただろ。笑ったか?」
「私に限ってありません。でも係長にそんな小さなお子さんがいるなんて初めて聞きましたよ」
「阿呆!ウチの倅はもう20歳だ!いつまでも子供っぽさが抜けなくて困ってるんだ」
俺は内心安心した。係長がただ虚勢を張るため「粋」「いなせ」のそれらしい「ノリ」を周囲に垂れ流しているのではなくちゃんと上司として、家庭人として確固とした価値観があり公私ともそれに基づいて部下の俺に命令を下しているんだと再確認できたからだ。この人に服従すればジオンが勝っても敗けてもちゃんと生き残れる。と俺は確信した。
「全く!何て無駄話させやがるんだよ。シモムラは当日歌手のMINの衣装早替わりの要員だったろ。ウチは女いないから坊主の法要の仕事思い出しながらイメトレとシミュレーションやっとけよ」
「了」
「へーーっくしゅん!!」
「どうしたヒノモト。風邪か」
「いえ中隊長。ただ、誰かに噂されているのだと…」
「シモムラ上等兵、舞妓さんの彼女出来たって聞きましたよ。今度会わせてもらえません?」
「テメー馬鹿か!?彼女じゃなくて患者だ!つーかフリークスS■Xって今頭の中で笑っただろ」
こいつ顔とスタイルは滅法良いがひたすら馬鹿女だな。だったらいっそ命じられた日曜のお買い物は探すのも含めてこいつをパシリにして全部やらせるか。
「ヒノモト上等兵!直々にある作業を命じるとするかな!今週の日曜ある特定の物品をォ…」
「はい!」
「…やっぱ、止めとくわ。 ってゆーか女に言ってもわかんない案件だろうから無駄だ」
女にプチ四駆がどうのこうの言ってもわかんないだろうし何より命じられた仕事をさぼるのは俺の美学じゃない。直接探して確保しなきゃな。
日曜、偉い難儀した!生き残ってるおもちゃ屋や駄菓子屋を最初十何軒か回っても絶版されてから長くことごとく品切れ。最終的に駄菓子商組合の情報網だか何かで最終ロットの在庫が残っている店が見つかりオバサンの生存を確認の上そこでの購入に成功した。
「古い品物だから動作確認はこの場でしてから買ってくんな」
「ああ承知。それにしても懐かしいな」
幼き日の記憶通り、頭の中で考えたまま面白いほどよく走った。
「お兄さん素質あるわぁ。実はニュータイプなんじゃない?」
「おだてるなよォ。 良し…と、品質検査完了。改造部品込みで120ハイトだったね」
「毎度あり!」
週明け、ショップで無事「収穫」を目にした係長の喜びようは格別でもう普通じゃなかった。
「呑まないか。明日は歩哨も体力測定も入ってないだろ」
「喜んで!」
確か独立戦争の期間を通じて係長と呑んだのはこれ一回だけだったと思う。親子ほども歳の離れた上司と呑むのってのは特に人徳ある上司相手だとどちらかと言うと親父に旨い物喰わせてもらうみたいな感覚だ。
「100ハイトじゃ絶対アシ出たろ。今夜は俺がおごるよ」
「いえ、先月倹約したから自分で払えます。 …モリ中尉。原子爆弾一杯お願いします」
「あいよ!」
「いつも観察してるとお前って酒は原子爆弾ばっかだな。第一不味いだろ」
「不味いから、それこそが行です」
「よく言うぜ!」
「原子爆弾」とは概ね大陸風の呑み方でビール6に焼酎もしくはウイスキー4で作ったクソ不味いカクテルの総称だ。俺としてはルウムで獲得した「坊主のバーベキュー」の通り名を忘れない目的で、たとえ翌朝盛大に二日酔いしても酒はこれ一本槍だった。
「倅は…実は志願兵も徴兵もどれも受かってなかったんだ」
「?」
「本来なら倅は兵役不適格のまんまシャバでくすぶってる筈だったんだ。それを俺が兵務庁に手を回して本人に絶対判らない形で志願兵合格で入営の扱いにさせて以後倅の給料は国じゃなくて俺が支払ってるんだ。知らぬは本人ばかり也で親が金出して戦争ごっこさせてるんだ。みっともねーよなー」
「きっと悪い冗談だと思いますが、それでも兵役逃れするよりずっと立派な行動じゃあないですか」
俺は庶務係として、毎月中隊各員の俸給や納税について嫌でも知る立場にあった。
その際それぞれの俸給明細に目を通していくと係長の納税額が将官級のVIP並にいつもべらぼうに高く異常なほど「高額納税者」なので一体何かと常に疑問だった。
「倅の給料は俺が支払ってる。戦争ごっこさせてるんだ」
という言葉で、全部繋がった。
「俺は、倅の欲しがる物は何でも与えたさね。自転車でも専用の勉強部屋でもエレカでも何でもだ。だが…兵隊の採用通知だけは引っ張って来れなかった。ヘボい親父だ。帰って笑えよ」
「私は…現時点で非常に悪酔いして今お聞きした事を1時間後まで覚えていられないと考えます」
「ああ、そうしてくれると本当有難い。軍機だからな」
報告書8 『親父と、プチ四駆』 完
次回予告
人は土を手にし、水を手にし、最後に太陽を手にしそれを自在に御せると自らの力を誇った。人が大地に立って初めからあるおてんと様ではなく人が創ったその太陽はしかし、時として人が御せなくなり牙をむく祟り神だった。それを知った時、人は恐怖し溜まったツケを払う事になった。
次回『太陽の塔(前編)』
不良債権のなすり付けは、やめよう。
(C) 伊澤屋/伊澤 忍 2671
報告書8 『親父と、プチ四駆』
「…なあ、シモムラ。昔流行ったプチ四駆ってヤープトだとまだ売ってるんかな」
「あの20年位前にあった奴ですか?」
俺の直属の上司、八連隊七中庶務係長のナカジマ曹長は「粋」だ。「野暮」と会話なんてしない。
どれくらい粋かって?軍人よりツ・キヂの魚河岸で仲卸の社長やった方がずっと似合うくらいだ。
俺みたいな野暮なクソが仕事で何らかの報告を上げる際に会話の中に「あの~」とか「え~~と…」なんて無駄な接続詞を挟もうものなら
「あ~~~ッ!!もういい!」
と強制終了。以後の話なんて聞いてもらえない。 その係長がか?あたかも初心者が専門家に教えを請うような「謙虚な」口調で遥か以前に絶版になったレトロおもちゃの情報について俺に訊いてきた事に馬鹿でクソな俺もたまげた。この日はクリスマスイブの前日23日に軍民合同でやるお楽しみ会の準備調整とかでえらい忙しかったのだがその合間お茶タイムにこの話題だ。
「経済制裁時代に絶版されたのは知ってる。でもヤープトって今にも潰れそうな下町のおもちゃ屋や駄菓子屋で恐ろしく昔の名品が売れないまま倉庫の奥に『寝てたり』するだろ。倅のクリスマスプレゼントに贈ったら凄い驚くんじゃないかと思ってな」
「地震や津波でも被害受けなかった生き残ってるお店とかを探せば絶対ありそうだと考えます」
ここで予備知識の無い第三者に説明しておくと、『プチ四駆』とはMSの駆動推進系で知られるツィマットにかつてあった玩具部門から発売され宇宙世紀58~61年くらいに爆発的に流行した脳波操縦式のラジコンカーのことだ。ナ・ンバにその工場があった。
手動リモコンでも音声認識でもなく「鉢巻アンテナ」と呼ばれる専用コントローラーを用い頭の中で考えたままに走る姿に、級友の兄貴から借りてやらせてもらった俺は大いに感動した。
ただ、知る通り不発に終わった58年の共和国宣言の翌59年から本格化した連邦の経済制裁で以後製造が不可能になり惜しくも絶版に追い込まれた。
誕生日に親に買ってもらおうと楽しみにしていた俺は落胆し、ナ・ンバでは大人も含め反連邦暴動が起きそうな勢いだった。それだけ人々から愛されていたのだ。地球側メーカーも何度かパチ物、海賊版を造って売り込もうと画策したが結局同じ性能の物は最後まで造れなかった。
「チビ四駆の改造部品や強化パーツとかって付けるのに本体削り直したりする必要あるんかな」
「ツィマットの純正品ってなっていたら、本体改造しなくてそのままポン付けできますよ」
「ん…」
これまで「野暮とは話さない。それでも話したいなら通訳を付けろ」という粋として、極めて硬派な姿勢を崩さなかった係長がこんなに普通に「親父」として話したのを俺は初めて聞いた。
「今週どっちにしろ俺日曜に休日勤務だからさ。100ハイト預けとくから改造部品も含めて買っといてくれないか。釣りが出たらお前にやるからさ」
「了。ただお釣りは返しますよ」
「お前…俺が普通の父親だって今頭の中で考えただろ。笑ったか?」
「私に限ってありません。でも係長にそんな小さなお子さんがいるなんて初めて聞きましたよ」
「阿呆!ウチの倅はもう20歳だ!いつまでも子供っぽさが抜けなくて困ってるんだ」
俺は内心安心した。係長がただ虚勢を張るため「粋」「いなせ」のそれらしい「ノリ」を周囲に垂れ流しているのではなくちゃんと上司として、家庭人として確固とした価値観があり公私ともそれに基づいて部下の俺に命令を下しているんだと再確認できたからだ。この人に服従すればジオンが勝っても敗けてもちゃんと生き残れる。と俺は確信した。
「全く!何て無駄話させやがるんだよ。シモムラは当日歌手のMINの衣装早替わりの要員だったろ。ウチは女いないから坊主の法要の仕事思い出しながらイメトレとシミュレーションやっとけよ」
「了」
「へーーっくしゅん!!」
「どうしたヒノモト。風邪か」
「いえ中隊長。ただ、誰かに噂されているのだと…」
「シモムラ上等兵、舞妓さんの彼女出来たって聞きましたよ。今度会わせてもらえません?」
「テメー馬鹿か!?彼女じゃなくて患者だ!つーかフリークスS■Xって今頭の中で笑っただろ」
こいつ顔とスタイルは滅法良いがひたすら馬鹿女だな。だったらいっそ命じられた日曜のお買い物は探すのも含めてこいつをパシリにして全部やらせるか。
「ヒノモト上等兵!直々にある作業を命じるとするかな!今週の日曜ある特定の物品をォ…」
「はい!」
「…やっぱ、止めとくわ。 ってゆーか女に言ってもわかんない案件だろうから無駄だ」
女にプチ四駆がどうのこうの言ってもわかんないだろうし何より命じられた仕事をさぼるのは俺の美学じゃない。直接探して確保しなきゃな。
日曜、偉い難儀した!生き残ってるおもちゃ屋や駄菓子屋を最初十何軒か回っても絶版されてから長くことごとく品切れ。最終的に駄菓子商組合の情報網だか何かで最終ロットの在庫が残っている店が見つかりオバサンの生存を確認の上そこでの購入に成功した。
「古い品物だから動作確認はこの場でしてから買ってくんな」
「ああ承知。それにしても懐かしいな」
幼き日の記憶通り、頭の中で考えたまま面白いほどよく走った。
「お兄さん素質あるわぁ。実はニュータイプなんじゃない?」
「おだてるなよォ。 良し…と、品質検査完了。改造部品込みで120ハイトだったね」
「毎度あり!」
週明け、ショップで無事「収穫」を目にした係長の喜びようは格別でもう普通じゃなかった。
「呑まないか。明日は歩哨も体力測定も入ってないだろ」
「喜んで!」
確か独立戦争の期間を通じて係長と呑んだのはこれ一回だけだったと思う。親子ほども歳の離れた上司と呑むのってのは特に人徳ある上司相手だとどちらかと言うと親父に旨い物喰わせてもらうみたいな感覚だ。
「100ハイトじゃ絶対アシ出たろ。今夜は俺がおごるよ」
「いえ、先月倹約したから自分で払えます。 …モリ中尉。原子爆弾一杯お願いします」
「あいよ!」
「いつも観察してるとお前って酒は原子爆弾ばっかだな。第一不味いだろ」
「不味いから、それこそが行です」
「よく言うぜ!」
「原子爆弾」とは概ね大陸風の呑み方でビール6に焼酎もしくはウイスキー4で作ったクソ不味いカクテルの総称だ。俺としてはルウムで獲得した「坊主のバーベキュー」の通り名を忘れない目的で、たとえ翌朝盛大に二日酔いしても酒はこれ一本槍だった。
「倅は…実は志願兵も徴兵もどれも受かってなかったんだ」
「?」
「本来なら倅は兵役不適格のまんまシャバでくすぶってる筈だったんだ。それを俺が兵務庁に手を回して本人に絶対判らない形で志願兵合格で入営の扱いにさせて以後倅の給料は国じゃなくて俺が支払ってるんだ。知らぬは本人ばかり也で親が金出して戦争ごっこさせてるんだ。みっともねーよなー」
「きっと悪い冗談だと思いますが、それでも兵役逃れするよりずっと立派な行動じゃあないですか」
俺は庶務係として、毎月中隊各員の俸給や納税について嫌でも知る立場にあった。
その際それぞれの俸給明細に目を通していくと係長の納税額が将官級のVIP並にいつもべらぼうに高く異常なほど「高額納税者」なので一体何かと常に疑問だった。
「倅の給料は俺が支払ってる。戦争ごっこさせてるんだ」
という言葉で、全部繋がった。
「俺は、倅の欲しがる物は何でも与えたさね。自転車でも専用の勉強部屋でもエレカでも何でもだ。だが…兵隊の採用通知だけは引っ張って来れなかった。ヘボい親父だ。帰って笑えよ」
「私は…現時点で非常に悪酔いして今お聞きした事を1時間後まで覚えていられないと考えます」
「ああ、そうしてくれると本当有難い。軍機だからな」
報告書8 『親父と、プチ四駆』 完
次回予告
人は土を手にし、水を手にし、最後に太陽を手にしそれを自在に御せると自らの力を誇った。人が大地に立って初めからあるおてんと様ではなく人が創ったその太陽はしかし、時として人が御せなくなり牙をむく祟り神だった。それを知った時、人は恐怖し溜まったツケを払う事になった。
次回『太陽の塔(前編)』
不良債権のなすり付けは、やめよう。
(C) 伊澤屋/伊澤 忍 2671