伊澤屋

歴史・政治経済系同人誌サークル「伊澤屋」の広報ブログ。

独裁少女サヨ子ちゃん 議案7 『八年前』

2019年06月19日 18時30分00秒 | Weblog

独裁少女サヨ子ちゃん


議案7 『八年前』



「ふぅ………。 帯刀証明とコンシールドガンの案件は今月分あと2件をやれば終わりですね」
「もう6時だから切りの良い所までしたら上がるわ。 加戸尾、終わったらお茶を入れなさい」

「御意」


人権擁護団体や移民自治組織の武器所有を最終決済し私達二人はその日の仕事を終えた。


「市長、どうぞ」
「もう仕事終わったんだからその『市長』って呼び方止めてよ。あと敬語も」

「ああごめん、理辺さん…」
「だから! じゃなくって、サヨ子って呼んで♡」

「ふぅ……… 早く法務省に戻りたいよ。 つらい」
「もう少し我慢なさい」


カップの中の紅茶を半分ほど飲んだ所で、 こいつを副市長に任命した時から見せたかったのだが本棚からさほど古くないアルバムを引っ張り出し持ってソファーに戻った。


「一緒に見なさいよ」
「…卒業アルバム? いや待てよ僕達は四修で中学行ったから小学校の卒業アルバムっていうのは無いんだよな」


頁を開け、昔ながらのフィルムの中に挿し込まれたプリントを見せ指差す。


「これ、覚えてる? 私達の一番、幸せだった頃…」
「? これは…学校の裏山だっけ。 サヨ子ちゃんが水色の縞のお洋服なのはさくら小の3年の時かな。 こっちは『花畑と左』の読者ハガキの懸賞のTシャツかな。 随分前だ」

「そう。これは横浜からこっちに引っ越してくる前の小学校の制服だから…。 うん。転入して暫くの頃ね。 『花畑と左』のTシャツは平成31年、いや夏だからもう改元された後で令和元年かな。 夏休みに私の家でお泊り会したの。 楽しかった。 もう8年も経つのね」
「鳥と帆立とごぼうの炊き込みご飯作った。 凄く上手く出来た。 美味しかったの覚えてる」

「でもその後に加戸尾くんは、私の尊厳を土足で踏み躙ったわ。 許すけど絶対に忘れない」
「何? そんな事したかな?」


8年前。 令和元年即ち2019年の7月下旬だった。 両親、祖母と大人までもが絶賛する味に仕上がった炊き込みご飯を食べた。 その後も食後のお茶、デザート、お風呂…とお泊り会の主要な関門を一つずつクリアしていき最終関門だ。 「寝る」 だ。


「歯磨けよ!」
「だからお父さんッ…! さっきお風呂で 『皮剥いて洗えよ!』 もそうだったけど何でそんな事言うの? 失礼だって分からないの!?」

「流儀だ♪」
「僕も、おじさんに言われなかったら歯磨くの完全に忘れていたよ♬」

「全く…! 加戸尾くん。 今夜寝る所を案内するわ」
「広い家だと行き来するだけで大変だね」


私は迎撃態勢を固めていたのだ。


「ほら。 大人二人でも余裕で寝れる大判の夫婦布団出したの。 今夜はこれで寝るの♡」
「…おじさんのお布団が無いみたいなんだけど」

「ウチのお父さん犯罪レベルにイビキがうるさいから一番遠い防音仕様の寝室よ。 規則なの」
「それだと僕は、サヨ子ちゃんじゃなくておじさんの隣で寝る方がいいな♬」

「??? …なっ!!」
「ウチのお父さんもめちゃくちゃイビキが凄くてね。 体質的に夜静かだと寝られないんだ」


私はこの男に、加戸尾に精神的に敗北した。


「なあ… 加戸尾君、もう寝たか」
「いや、 まだです」

「ウチの娘は、サヨ子は内心嫌いか? やっぱガイジンで青い目って気持ち悪いか?」
「それは全然ありません。 寧ろサヨ子ちゃんの事は大好きです。 でも…大好きなのを通り越して 『愛してる』 まで行ったら僕は勉強も運動も全然手が付かなくなって絶対破滅します。 自分で分かるんです」

「正解だ」
「サヨ子ちゃんのあの目は…あの瞳はドライアイスの瞳です。敵を凍らせて粉々に砕く目です」

「もっと正解だ。  おやすみ」
「おやすみなさい」




「………という経緯よ。 凄い悔しかった」
「思い出した。 悔しかったってあれは僕との、敵との勝負だった訳だ」

「そうよ。 私の初めての黒星だった」
「でも、寝る前におやすみのチューはちゃんとしたじゃん。 この記憶は正しい」

「…そうね。 加戸尾くんがちゃんと歯磨いた後で良かったわ」
「違いない♪」

「でも、それから後こばとちゃんの家にお泊りした時は一緒に寝たんでしょ? 知ってるし」
「ああ。 でもこばとちゃんの家はサヨ子ちゃんの家よりずっと狭いし流れ的に仕方なかった。 それにロココ調の柄の豪華な夫婦布団なんかじゃなくて一人用の綿が超目減りしてぺったんこの煎餅布団で狭いの我慢して寝たよ。 おかげで朝になったら二人して寝違えて筋肉痛になった」

「サラッと凄い事言うのね。 さり気無く人をスペックで序列付けして平気で差別してるし」
「そうかな? こばとちゃんは今標準学年で高2だけど…人は生まれた瞬間平等じゃなくなるってサヨ子ちゃんが一番身を以て示してると僕は思うんだけどね♪」

「死ね」
「それ、最上級の愛の言葉と受け取っておくよ」

                                議案7 『八年前』 完


次回予告

国語の資料集の端っこの下らない蘊蓄をまだ覚えていたの? フランス文学の文脈で赤と黒といえば軍人の栄光、軍服のパンタロンルージュの赤とカトリック司祭の僧衣の漆黒で両者の野望の象徴の色と? 笑わせないで。
今この街で 「赤と黒」 とは反日派とヤクザ以外の何物でもないわ。 この結果を選んだのは民意に他ならないのだもの。 後悔なさい。


次回 議案8 『赤と黒』

このおぞましさを、我慢できないと言うのならこの場より去れ。

From now I want to it leave to Judgement of future historians.

真実を直視せよ。



                            ©小林 拓己/伊澤 忍  2679