2014年の春に西アフリカの山林でサルから狩猟者に感染したと考えられるウイルスが、今や同地域の3カ国で手に負えない事態に発展し、世界を巻き込んだ危機になるおそれも出てきた。
現地時間8月1日には世界保健機関(WHO)のトップがギニアで、ギニア、リベリア、シエラレオネ、コートジボワールの大統領に向けたスピーチを行い、過去最大規模となったエボラ出血熱のアウトブレイク(感染症の流行)に対して、これらの国々がとるべき行動の概要を示した。さらにWHOではこの危機を食い止めるために1億ドルを投じ、西アフリカに派遣する医療スタッフの増員を図ることも明らかにした。
ギニア、シエラレオネ、リベリアでこれまでに報告されたエボラ出血熱の症例は1322件、死者は728人に達している。これに加えて、リベリアから出国した男性が1名、ナイジェリアで死亡している。
WHOのマーガレット・チャン事務局長は1日のスピーチで、「このアウトブレイクは、これを押しとどめようとする我々の取り組みを上回るペースで広がっている」と警告した。WHOのサイトに掲載されたスピーチの内容によると、チャン事務局長はさらに「状況がこのまま悪化の一途をたどるなら、死者の数という意味だけで壊滅的な結果を招くだけでなく、社会経済の深刻な混乱や他の国への感染の拡大の高いリスクが生じるおそれがある」と、警告している。
チャン事務局長はジュネーブで8月6日から7日にかけてWHOの緊急委員会を開催することを明らかにし、この会合を「今回のアウトブレイク対策におけるターニングポイントにしなければならない」と、強い決意を示した。
この会合を踏まえ、WHOでは今回のアウトブレイクを「国際的な懸念事項である公衆衛生緊急事態」とするかどうかを判定し、流行の拡散を食い止めるためのさらなる取り組みを呼びかけるかどうかを決める予定だ。
チャン事務局長はまた、西アフリカ諸国の大統領に対し、エボラ出血熱との戦いに取り組むのはこれらの国の人々だけではないとし、世界中が支援している点を強調した。
◆ワクチンや確立した治療法のないエボラ出血熱
西アフリカ地域は現在、史上最大のエボラ出血熱のアウトブレイクの渦中にある。エボラウイルスは確認されている中では最も致死率の高いウイルスの1つで、感染者は出血や下痢、高熱などの症状を発し、臓器不全を起こして死に至る。
エボラ出血熱にはワクチンや確立された治療法がなく、初期段階で各症状を治療する「対処療法」が最も回復の可能性が高いと、米国疾病予防管理センター(CDC)の専門家は米国時間7月28日の会見で述べている。
しかし、これまでのアウトブレイクはすべて沈静化された実績がある。これは主に発症した人たちを特定、隔離するとともに、家族や治療にあたる医療従事者を守り、感染防止策を広報するといった取り組みが効を奏したものだ。
エボラ出血熱が伝染するのは、症状が出た後に限られる。体液、主に血液や排泄物を通じて感染が拡大する。
◆文化的背景が感染拡大の温床に
宇宙飛行士のような服を着た医療スタッフが行き来する隔離施設は、決して戻って来ないであろう愛する者を送り込む側にとっては恐ろしい場所だ。多くの人は、病気になった家族の面倒を家でみることを選ぶが、これがさらなる感染拡大のリスクを招いている。
ジャーナリストでアメリカのシンクタンク、外交問題評議会(CFR)のグローバル・ヘルス・プログラムのシニアフェローを務めるローリー・ギャレット(Laurie Garrett)氏は7月24日付でCNN.comに寄稿した記事の中で、アウトブレイクが起きている地域は、政府の搾取や内戦、絶え間ないテロが続いてきた長い歴史があると指摘している。
ギャレット氏は記事の中で、ウイルスの封じ込めに向けた政府の取り組みに国民が必ずしも従わない理由について、こう綴っている。「恐怖や猜疑心、貧困、苦痛や迷信が蔓延しているが、これらの要素は誰もが日々の生活の中で堪え忍んできた、いわば雑音のようなものだ。エボラ出血熱の流行も、これまでもバックグラウンドで流れていた耐えがたいほどの騒音に、さらなるわめき声が加わっただけと言える」。
今回のアウトブレイクが医療関係者に最初に認知されたのは3月のことで、それ以来拡大を続けてきた。しかし、7月の最終週に入り、事態はさらに危険な段階に入った。アフリカで最も人口の多い都市、ナイジェリアのラゴスに発症した人物が渡航したほか、初めてアメリカ人の感染例が報告された。シエラレオネでは感染対策を主導していたシーク・ウマル・カーン(Sheik Umar Khan)医師が亡くなり、アメリカ政府も感染地域への渡航に警告を発している。
今回のアウトブレイクでは、アメリカ人をはじめ、十分な訓練を受け、適切な防御装備を備えていたはずの人々が感染している。この事実は、「特別に感染力が強い特異なウイルス株なのではないか」という疑問を呼び起こす者だと、ラファエル・フランクファーター(Raphael Frankfurter)氏は指摘する。同氏はボストンに本部を置き、感染地区で診療所を運営する団体、ウェルボディ・アライアンスの事務局長を務めている。
7月最終週にシエラレオネのコノ地区を後にしたフランクファーター氏はメールの中で、同氏の運営するクリニックは消毒用の塩素や体温計、保護ゴーグル、医療従事者や設備の消毒に使われる背負式の噴霧器、安全な施設に患者を運ぶための車両などが不足していると訴えている。
「今週に入り、事態は大幅に悪化した」と、フランクファーター氏は述べている。「シエラレオネのほぼ全土で症例が発生している上に、カーン医師の死が医療システムに大きな動揺を与えている。また、コノ地区でも発症が確認された」。
WHOのチャン事務局長は、エボラ出血熱がさらに猛威をふるうことを防ぐために、世界各国は西アフリカ諸国への支援をいっそう強める必要があると強調した。
「エボラ出血熱のアウトブレイクは封じ込めが可能だ。感染の連鎖を断つことはできる。我々は手を取り合って、それを実施しなければならない」と、チャン事務局長は決意を述べた。
Karen Weintraub for National Geographic News