イリアーデの言霊

  ★心に浮かぶ想いのピースのひとかけら★

図書館戦争

2013年04月30日 02時13分47秒 | アニメ

笠原郁(かさはら・いく)
声 - 井上麻里奈
22歳 身長:170cm
堂上篤(どうじょう・あつし)
声 - 前野智昭
27歳 身長:165cm

柴崎麻子(しばざき・あさこ)
声 - :沢城みゆき
22歳 身長:157cm
手塚光(てづか・ひかる)
声 - 鈴木達央
22歳 身長:180cm
小牧幹久(こまき・みきひさ)
声 - 石田彰
27歳 身長:175cm
玄田竜助(げんだ・りゅうすけ)
声 - 鈴森勘司
手塚慧
声 - 吉野裕行
朝比奈光流(あさひな・みつる)
声 - 小野大輔


年齢早見表 by 慎悟

2013年04月26日 03時34分07秒 | 高橋美由紀

1983年(昭和58年)

シンプルで使いやすい年齢早見表

年齢早見表|昭和58年生まれ・1983年生まれ

西暦1983年生まれの人、昭和58年生まれの人版の年齢早見表2013年・平成25年バージョンである。誕生した年や年度の確認をして貰って、間違いがないよう注意しよう。1983年【昭和58年】の干支〈十二支〉は、いのしし《亥年》だ。

年齢早見表 > 2013年版 > 1983年 / 昭和58年に生まれた人版

2013年(平成25年) 30歳
2012年(平成24年) 29歳
2011年(平成23年) 28歳
2010年(平成22年) 27歳
2009年(平成21年) 26歳
2008年(平成20年) 25歳
2007年(平成19年) 24歳
2006年(平成18年) 23歳


第3シリーズ
2005年(平成17年) 22歳

第2シリーズ
2004年(平成16年) 21歳

第1シリーズ
2003年(平成15年) 20歳
2002年(平成14年) 19歳
2001年(平成13年) 18歳
2000年(平成12年) 17歳


1999年(平成11年) 16歳
1998年(平成10年) 15歳
1997年(平成9年) 14歳
1996年(平成8年) 13歳
1995年(平成7年) 12歳
1994年(平成6年) 11歳
1993年(平成5年) 10歳
1992年(平成4年) 9歳
1991年(平成3年) 8歳
1990年(平成2年) 7歳
1989年(平成元年 / 昭和64年) 6歳
1988年(昭和63年) 5歳
1987年(昭和62年) 4歳
1986年(昭和61年) 3歳
1985年(昭和60年) 2歳
1984年(昭和59年) 1歳
1983年(昭和58年) 0歳


或る年齢早見表を掲載しているサイトで見つけた。『9番目のムサシ』は「DUTY1:始動」で始まったが、第1シリーズは2000年(平成12年)~2003年(平成15年)まで、第2シリーズは2004年(平成16年)、現在の第3シリーズは2005年(平成17年)である。第1シリーズは篠塚が臆病風に吹かれて逃避で慎悟を捨てたため、反対だったイックの罠で悔い改めて慎悟と和解し一緒に暮らすようになるまでの出会いと別れによる空白年を加えて計3年だが、基本的に各シリーズは一年戦争である。


悪霊の正体は眼球!?

2013年04月26日 02時02分36秒 | 白泉社


悪霊が支配した「ツグミ館」と主人公の名張潤子。

『スケバン刑事(デカ)』で主人公の麻宮サキを学生刑事に任命した暗闇警視(倉見)の前身、彼のモデルである警視が神恭一郎の叔父として姿を見せる作品でもある。中途参加の神の友人である漫画家の岩田慎二は言わずと知れた作者の分身である。〈金田一耕助〉シリーズに作者の横溝正史が、金田一の友人で彼の伝記作家“S・Y”氏として自身の分身を登場させ、金田一との会話や手紙等を作品化するという形で執筆したのと同じである。

神の叔父である警視は若い男女の眼をくり抜く猟奇事件を捜査していたが、黒い僧衣を纏った犯人達を追いつめようとして自身も被害に遭い、つまり両眼を抉り取られ失明した。一命は取り留めたものの部下に調べさせたが、或る時期を境に犯行はピタリと止まって迷宮入りになった。警視がマザーグース「6ペンスの唄を歌おう」を知っていたため、事件を「六銭銅貨事件」と命名した。警視の扱った事件簿の中から、その事件のことを知った神が織永家の遺産を狙う葉月亜矢のボディガードとして「ツグミ館」に入り込み、時々姿を消しては調査していた。

そこに現れたのが、次期当主候補の樹ノ宮ケイと彼女の鑑別所時代からの親友で神の友人の岩田慎二の婚約者である名張潤子だった。当初は亜矢のボディガードということで警戒していたが潤子だが、ケイの豹変で拘りを捨て協力することになる。そして、跡継ぎに決まったケイを殺そうとした亜矢が逆に両眼を抉られた挙げ句、殺された朝。そして「六銭銅貨事件」を発端とする神の動機が語られ、神が消えた。潤子と岩田は隠し通路を辿って地下に巨大洞穴を掘り拡げて築き上げた「千の眼帝国」を発見し、織永家初代当主が子孫を“器”として石像に生身の眼を嵌め込んだ物言わぬ家臣が額ずく永遠の帝国を築こうとしていたことを知る。

日本に帰化した青い左眼の武将。それが織永家初代当主であり、山崩れで彼と忠実な家来と謀反を起こした輩を居城が呑み込まれた土砂の遙か上に建造された「ツグミ館」を支配する“人間”の正体だった。その「青の城」を基盤に地下帝国を作り、その作業を強制された人夫達が抵抗として「6ペンスの唄を歌おう」を歌って、それが排気口から地上に漏れていた。作業が終了すると同時に、彼らは両眼を抉られ斬首され排気口・吸気口である巨大な龍の置き物のあるケシ畑に埋められた。タイトルは“悪霊”と付いているが、左眼に宿った織永の歪んだ心が400年も生き続けたのだ。企てが潰えようとした時、鎧甲冑のヒトガタが潤子に襲い掛かり、彼女の左眼を抉って憑依しようとする。神に妨げられ自身の帝国に転落し、眼球は本能で“終わり”を察知しながらも無駄に足掻く。

神の仕込んだ爆弾を止めようと甲冑を纏う白骨から左眼が這いずり出し、間に合わずに彼も「青の城」も地上にある「ツグミ館」も爆発炎上した。悪霊は完全に滅び去り、織永家も終焉を迎えた。潤子とケイ、2人の新しい明日が始まった。潤子は岩田との新しい人生を歩み、彼女の結婚にショックを受けたケイも心から祝福し自立することになる。


山男の歌

2013年04月23日 06時47分04秒 | 歌文

【山男の歌】
作詞:神保信雄
作曲:不詳

娘さんよく聞けよ 山男にゃ惚れるなよ
山で吹かれりゃよ 若後家さんだよ
山で吹かれりゃよ 若後家さんだよ

娘さんよく聞けよ 山男の好物はよ
山の便りとよ 飯盒のめしだよ
山の便りとよ 飯盒のめしだよ

山男よく聞けよ 娘さんにゃ惚れるなよ
娘心はよ 山の天気よ
娘心はよ 山の天気よ

山男同志の心意気はよ
山できたえてよ 共に学ぶよ
山できたえてよ 共に学ぶよ

春夏秋冬 山行く人の心はよ
山に憧れよ親しい友とよ
山に憧れよ親しい友とよ

娘さんよく聞けよ 山男に惚れたらよ
息子達だけはよ山にやるなよ
息子達だけはよ山にやるなよ

娘さんよく聞けよ 山男の心はよ
山で鍛えたよ 男意気だよ
山で鍛えたよ 男意気だよ


いつか ある日

2013年04月23日 05時25分00秒 | 歌文

【いつかある日】
原詞:ロジェ・デュプロ
訳詞:深田久弥
作曲:西前四郎

いつかある日 山で死んだら
古い山の友よ 伝えてくれ

母親には 安らかだったと
男らしく死んだと 父親には

伝えてくれ いとしい妻に
俺が帰らなくても 生きて行けと

息子たちに 俺の踏み跡が
故郷の岩山に 残っていると

友よ山に 小さなケルンを
積んで墓にしてくれ ピッケル立てて

俺のケルン 美しいフェイスに
朝の陽が輝く 広いテラス

友に贈る 俺のハンマー
ピトンの歌声を 聞かせてくれ


竹内洋岳 -02

2013年04月23日 05時24分00秒 | 高橋美由紀

公式ブログ プロフィール

2007年3月21日(水)

プロフィール

竹内 洋岳(たけうち・ひろたか)
1971年生まれ 東京都出身 身長180cm 体重65kg 血液型O型 立正大学卒
株式会社ICI石井スポーツ所属 プロフェッショナル マウンテン・クライマー
登山好きな祖父の影響を受け、幼少より登山とスキーに親しむ。
高校、大学で山岳部に所属し登山の経験を積み、20歳で初めてヒマラヤの8000m峰での登山を経験。

1995年にマカルー(8463m)東稜下部初登攀により頂上に立ち、1996m年には、エベレスト(8848m)とK2(8611m)の連続登頂に成功し、その後、活動をヒマラヤに集中させていく。

1998年に8年間在学した大学を卒業し、株式会社ICI石井スポーツに入社。
2001年からは、ドイツ人クライマー、ラルフ・ドゥイモビッツや、オーストリア人女性クライマー、ガリンダ・カールセンブラウナーをメインパートナーとし、各国のクライマーと少人数の国際隊を組み活動。酸素やシェルパを使用せず、アルパインスタイルを積極的に取り入れた速攻登山で複数の8000m峰を継続するスタイルで注目を集める。
2007年にパキスタンのガッシャブルムII峰(8035m)で雪崩に巻き込まれ、腰椎破裂骨折の重傷を負い生命の危機に陥ったが、各国登山隊のレスキューで奇跡的に生還した。もはや登山への復帰は絶望的とも言われたが、手術、リハビリにより、わずか1年後には、事故のあったガッシャブルムII峰へ再び挑み登頂に成功。多くの賞賛を受けた。
2012年5月26日、ダウラギリの登頂に成功し、日本人で初めて8000m峰14座完全登頂を達成した。
2002年に結婚、二児の父親の顔も持つ。


竹内洋岳 -01

2013年04月23日 05時21分57秒 | 高橋美由紀

黒犬通信
The Black Dog Journal

 プロ登山家・竹内洋岳(たけうち・ひろたか)

posted at 2012.05.05

4月21日の朝日新聞beの「フロントランナー」で、プロ登山家の竹内洋岳(41歳)が紹介されていた。上下関係や、個人と組織のことまで触れる内容で、とてもいいインタビュー記事だった。こんな人が日本のいろいろな分野ででてくると、日本はずっといい国になるだろうと思います。組織の前に個人 (individuality) を持った人、そんな人がもっと、もっと増えてこないと、無責任なサラリーマン根性の人間ばかりになっては、いま進行中の、日本の「第二の敗戦」はこれからあと20年も続くのでは?

以下、とても共感を覚えた彼の発言:

「2001年にドイツ人登山家の組織したナンガパルバット(8126メートル)の国際公募隊に参加。それまで経験した日本隊の組織登山とは全く違いました。お互いファーストネームで呼び合い、全員に登頂のチャンスがありました。幸い登頂でき、実力を認めてもらいました」
「8000メートルを超える高所登山は万全のコンディションでないと登頂できません。ささいなけがでもパーフォーマンスは落ちます。酸素の消費量を増やさないため、余分な筋肉はつけません。身長は180センチありますが、体重は60キロくらいがベスト」

「プロって、何かと考えたら、結局は覚悟だと思います。長男の幼稚園の入学願書に妻は『会社員』と書きましたが、私は『登山家』と直しました。確かに登山用品専門店ICIの社員ですが、会社から『プロ宣言』を認めてもらっています。日本では登山家という職業が確立されていません。プロを名乗ることが登山をスポーツや文化として根付かせる第一歩なのです」
「登山には競技スポーツのようなルールがありません。だから、自分で制約を加えないといけません。プロとして14座を登るとき、内容が問われます。無酸素なのか、酸素ボンベを使ったのか、と。欧州だと14座制覇は無酸素でないと評価されません」
「親しかった田辺治さんはダウラギリ1峰で雪崩で亡くなりました。私よりヒマラヤ経験の多い田辺さんでも、雪崩は容赦しなかった。本人は悔しいと思っているでしょう。でも、登らなければよかったという後悔はしていないと思います。だから、私が遭難しても悲しんでもらいたくないです」
「富士山が日本一高い山なのは誰でも知っています。じゃあ2番目は?あやふやになりますね。日本人なら3番目の山までは知っていてもらいたいです」
「14座についても、エベレストとK2をのぞくと同じでしょう。世界で14番目に高い山を子供たちが知るようになった時、山に対する考え方が変わるのではないでしょうか。それなれば志半ばで逝った山田昇さんや名塚秀二さん、田辺さんの再評価につながる」


アーロン・ラルストン

2013年04月23日 05時20分08秒 | 高橋美由紀


事故後、失った右腕の代わりに義手で、登山を続けるラルストン。

アーロン・リー・ラルストン(Aron Lee Ralston)
生年月日:1975年10月27日 満36歳

クライマー(登山家)にして演説家であるアーロン・ラルストン(Aron Ralston)は、映画『127時間(原題:127Hours)』(原作自伝『奇跡の6日間 Between a Rock and a Hand Place』)で描かれたように、2003年の5月、アメリカ・ユタ州の渓谷で落石により巨大な岩に挟まれて身動きが出来なくなってしまう。右腕を自身で切断して出血多量の死の危険を賭して帰路を戻る途中、オランダから休暇に来ていたエリク&モニクとその息子アンディに助けられ、家族や友人達からの懇願により出動したレスキュー隊のヘリに救助され、手術の末に一命を取り留めた。その後は、義手での登山を行っているとのことである。

いつ危険が襲い掛かるかわからない、幸いにも彼は右腕を失うに留まったが命すら失うかもしれないのだ。


2003年4月、ブルー・ジョン・キャニオン(ユタ州東部、キャニオンランズ国立公園・ホースシュー・キャニオン地区のすぐ南)を歩いている時に、渓谷内で挟まっていた岩が外れて落ち、彼の右腕前腕部に落ちて、渓谷内の壁との間に腕を挟んで止まった。ラルストンは彼の旅の計画を誰にも伝えていなかったので、誰も自分のことを探しに来ないだろうと考えていた。

彼は自分自身の死を悟り、5日間で、150ml程しか残っていない水を少しずつ飲みながら、腕を引き抜こうと試みた。しかし800ポンド(約360キロ)ある岩が腕を挟んでいて、引き抜く努力は無駄になった。岩を持ち上げようとしたり壊しそうとしたりして3日経ち、脱水症状を起こして精神錯乱状態となり、ラルストンは脱出のために挟まった右腕前腕の中程を切断しようと試みた。彼は、腕が挟まった最初の数日で実験的に右腕を止血し、表皮に傷を入れて出血しないかどうか確かめている。4日目の時点で腕を引き離すには腕の骨を折らなければいけないことに気がついたが、彼が持っていた道具では骨を折るに不十分であった。5日目には飲み水が尽き、渓谷の壁に自分の誕生日と死ぬであろう日付を刻みつけ、自分自身をビデオ撮影して家族に向けて最後のメッセージを録画した。恐らくその夜は生き延びれないだろう思っていたが、翌朝(2003年5月1日木曜日)の夜明けにまだ生きているということに気がついた。その後すぐに「挟まった腕をねじって力を加えることで、前腕部の二本の骨(尺骨と橈骨)を折ることができるのではないか」と直感し、直ちに実行に移したが、彼の持っていたナイフが短かったために切断には1時間程かかった。彼はナイフのメーカーについて「レザーマン製以外のものを使った」とだけ言って、どのメーカーのものであるか言及していないが、「15ドルの懐中電灯を買った時に、万能ツールとしておまけでもらったものだ」と言っている 。

腕の切断に成功した後、彼は車を置いた場所まで戻らなくてはいけなかった。長く留まっていた狭い渓谷を脱出し、垂直の壁を片手で懸垂下降し、真昼の太陽の降り注ぐ中、渓谷を歩きとおした。自分の車を駐車したところまで8km程離れていたが、携帯電話を持っていなかった。歩いているうちに、オランダから休暇に来ていたマイヤー一家に遭遇した。彼らはラルストンに水を与え、救助を要請するために急いで移動した。ラルストン自身は救急要請される前に出血多量で死ぬのではないかと思っていたが(この時までに体重が40ポンド(約18キロ)減少していた。これは血液の25%に当たる)、偶然にもラルストンを探していたレスキュー隊がヘリコプターで着陸し救助された。腕を切断して6時間後のことであった。家族や友達が、ラルストンがいなくなったことで救助要請をし、救助の直前にキャニオンランズに捜索対象を絞ったところだった。

後日、切断されて残った腕は、国立公園の管理者によって岩の下から取り出された。トム・ブロコウによると、13人がかりで巻き上げ機と油圧ジャッキを使って岩を動かし、ようやくラルストンの腕を取りだすことができたという。腕は火葬にされた上でラルストンに渡された。6カ月後、NBCテレビでの事故の特集番組を撮影するため、彼の28回目の誕生日にトム・ブロコウと共に事故現場に戻った。その際「自分の右腕はこの事故現場のものだから」といって、右腕の遺灰を現場に散骨している。


127時間 / 原題:127Hours - 貴方ならどうする?

2013年04月23日 05時18分36秒 | 高橋美由紀


映画『127時間』で、主人公である36歳のラルストンを演じた34歳の俳優ジェームズ・エドワード・フランコ(James Edward Franco)。彼の父ダグ・フランコはポルトガル&スウェーデン系、母ベッツィはロシア出身のユダヤ系、兄弟はトム&デイヴという2人の弟がいる。

〈DVDジャケット・裏〉
実話から生まれた奇跡のサバイバルサスペンス!

誰にでも、人生のターニング・ポイントは必ずやってくる。アーロン・ラルストンの場合、それは自分の底のように慣れ親しんだ場所での出来事だった。金曜の夜、いつものように1人でロッククライミングを楽しむため、ブルー・ジョン・キャニオンに向け出発した。そこで運命の瞬間が彼に襲いかかる。落石に右腕を挟まれ、谷底から動けなくなったのだ。死を目前にして初めて自分の人生と向き合うアーロン。生きたい。生き直したい!生命の限界を超えた127時間後、遂に彼は〈決断〉する――。

極限状態に陥ったとき、あなたならどうする…?


by「KINENOTE 映画ライフログサービス」

解説
単独でのロッククライミング中の事故により、谷間で身動きの取れなくなった青年の極限状態での体験を、実話に基づいて描く。監督は「スラムドッグ$ミリオネア」でアカデミー監督賞に輝いたダニー・ボイル。ジェームズ・フランコ(「スパイダーマン3」)の主演男優賞を始め、アカデミー賞で6部門にノミネートされた。

あらすじ
タフなヒーロー気取りで人と深く関わらずに生きてきたアーロン・ラルストン(ジェームズ・フランコ)。開放的な陽気さとクールな一面を合わせ持つ魅力的な青年だ。ある金曜の夜、彼はいつものように1人でロッククライミングを楽しむため、慣れ親しんだユタ州、ブルー・ジョン・キャニオンに向けて出発する。それは、彼にとってどうということのない週末の過ごし方だったが、突然、過酷な運命が襲い掛かる。落石に右腕を挟まれ、狭い谷底から一歩も動けなくなってしまったのだ。助けを求める叫び声は無人の荒野に虚しく響き渡る。知識と経験を総動員して岩を撤去しようとするが、ガッチリと挟まった岩はピクリとも動かない。死を目前にして初めて自分の人生と向き合うアーロン。自分勝手に生き、両親にも、友達にも、恋人にも決して心を開かなかった。衰弱してゆく身体を引き裂くように襲い掛かる後悔、それと同時に湧き上がる“生きたい”という生への執着と情熱。そして生命の限界を越えた127時間後、遂に彼は決断する……。