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「宮殿泥棒」 E・ケイニン 柴田元幸訳 文春文庫

2005年05月23日 | ’05年読書日記
原題は、”The Place Thief”となっています。

前にも書きましたが、300ページほどの文庫に、4つの中篇小説が載っています。

その4つのタイトルは…

会計士
バートルシャーグとセレレム
傷心の街
宮殿泥棒

…となっています。

私が特に面白いと思ったのは、「傷心の街」と、「宮殿泥棒」です。

前に読んだ同じ著者の本では、人は、変われる、或いは人が、劇的に変化するとき、という瞬間をモチーフとして、好んで取り上げていたような印象を受けました。

この本では、ん~、どうでしょうか、私が読んだ感じでは、「変わる人」も取り上げているような気がするのですが(会計士)、前に読んだ小説よりも人は本質的には変わらないもの…かもしれないという作者の気持ちが見て取れたような気がします。

「宮殿泥棒」…名門校聖ベネディクト高校の教師である「わたし」は、生徒であり、大物政治家の息子であるセジウィク・ベルの、あまりの放蕩ぶりに手を焼き、父親に会いに行ったり、いろいろと努力をします。
彼と関わっていく中で、「わたし」はベルの「底知れぬ狡猾さ」に唖然とするのですが、数十年後、大企業の社長となったベルと再会しても、その狡猾さが無くなるどころか輪をかけてひどくなっている事に気付き、心底落胆します。

この小説を書いたとき作者は30代の後半ぐらいになっており、前に読んだ本よりも、人物のえがき方、その心中(しんちゅう)の描き方に深みが増しているような気がします。
「深みが増す」という事イコール”人間に対する落胆の色”も濃くなっている印象を受けます。

また、「傷心の街」では、妻に出て行かれた中年男性が、大学生の息子も独立し始めて家に寄り付かなくなり、これから自分はどうやって生きていこうかと悩み苦しんでいる様子が描かれています。
この中年男性の心の描写が、本当にこれでもかというくらいに緻密で丁寧であり、作者が深く感情移入している様子が見て取れました。

また、後書きには
”For kings and planets"(1998),”Carry me across the water(2001)”の2冊の長編を出版、中堅作家として安定した地位を築きつつある…
とあり、お医者さん稼業と平行して作家としても仕事を続けている事が分かり、ファンとしては嬉しい限りです。
この2冊も翻訳され、日本に紹介される事を期待しています。




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