20代前半の頃までは歌詞のない音楽がまったく聴けなかった。
それが、当時相当入れ込んでいたアメリカの兄弟バンドのインタビュー記事で、彼らがジョン・コルトレーンを聴き、スライ&ザ・ファミリー・ストーンを聴き、音楽を深く学んでいることを知り、音楽は楽しむだけでなく学ぶものでもあるのかと衝撃を受け、すぐさまレンタルCDショップでコルトレーンの初期から中期のベスト盤を聴き、大好きになる。ブルーズやファンクにも触手を伸ばした。今思えば、まだまだ英米西欧の音楽に偏ってはいるものの、私の中で、音楽ジャンルの境界が溶けた一大事件だった。
ここからジャズを聴き始め、徐々に歌詞の無い音楽も等しく聴けるようになっていった。
音楽の向こうにその人の人間自体を聴くようになったのも、この頃の聴取経験の変化が元になっていると思う。
歌詞があろうが無かろうが、私がそれを好きだと思えればそれで良い。究極的にそれしかない。今日のイマソトノオトヲ「非対称がうれしい」も歌詞が無いよね。
今日の演奏を、風呂に入って思い返している時に、今日の投稿の前半部分に書いたことを思い出した次第。
タイトルの「非対称がうれしい」には、「いびつなものって好きやなあ、ゴツゴツしてでこぼこした不細工なものって好きやなあ。なんでかって、めっちゃ人間くさくてめっちゃ愛らしいから」という思いを込めています。
◉お知らせ
アルバム『音楽と非音楽のあいだ=日常』をデジタルリリースしました。
11曲収録、37分。全曲無料で聴いていただけます。ご自身の音楽環境によってプラットフォームを自由に選んでいただけますが、YouTubeが聴き勝手が良いようです。
もしよろしければお耳をお貸しください。