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『婦人像』
解説より。
グレコには、ドーニャという謎の女性がいたが、これが彼女の肖像画であろうか。
青春を謳歌し、花や宝石を絵にしたような彩色、それに加えて、練達にして細心の筆さばきをみていると、ふと絢爛豪華なペルシアの細密画を思わせるが、一方でさすがにグレコは年増の顔ににじみ出ている憂愁のおもかげを見逃さずにとらえている。
まだ絶世の美人のおもかげをとどめているこの顔に、寄る年波でちらりとのぞいた老醜の影、おさえられたかたちにもせよ哀愁と甘美とを一緒に刻みこむという製作者の、対照の妙を狙った詩的な構図は、これだけにとどまらず、さらに大きく発展して、画像構成に際して各種の対立要素を導入する試みまでに及んでいる。
たとえば、目鼻立ちの物静かでほぼ規則的な水平位置に配するに、あたかもそれを突き破るかのごとく、ジグザグ状に落着きのないヴェールの面を噛み合わせて、ここでもまた不可解なほど静をぶちこわしているのだ。
この顔の静中の動を見たまえ!
様式的にみれば、宝石もどきの色のプレゼンテーションや、形体構成にみられる描線的な特色などは、グレコの初期作品、それも彼のイタリア時代の作をおもわせるものがある。
ということで、かりに初期説を認めるにしても、この中年の女性をグレコの愛人とすることがいったいできるかどうかが問題として残る。
* * * * * *
私はこの婦人像のまなざしと口元のかすかな微笑みに、妙に引きつけられるのです。四世紀以上も前の作品なのに、たった今、目の前にいるかのような臨場感を覚えるのです。
その茶色な瞳の婦人像が、グレコの恋人だったとしてもおかしくはないなと思った自分です・・・・。
・続きは次回に・・・・。