第四十六章 倹慾(慾を倹(つま)しくする)
天下道あれば、走馬を 却 けて以て糞(おさ)めしむ。
天下道無ければ、戎馬郊(じゅうば こう)に生まる。
罪は可欲より大なるは莫(な)し。
禍は足ることを知らざるより大なるは莫し。
咎は得んことを欲するより大なるは莫し。
故に、足ることを知るの足るは常に足る。
天下に道が行なわれていて、各の国が、平和に治まっているときは、早く走ることのできる良馬も、走らねばならぬことがないから、平和時代には必要のない、駆けまわるということはさせないで、農耕に従わせるのである。
戦乱に勝つ方も、敗ける方も大なる損害を蒙ることは前に述べた通りであるが、仮に隣国の領土を占領したとしても、その民心を得ることも、旧領土と新領土を公平に修めるということも、難しいことである上に、戦争のために人心はすさんで平穏に治め難くなり、領土を失った国からは、絶えず復讐をしようとねらわれ、周囲の国からは、その強大となったことを恐れられ、協力してその勢力を弱めようとしておびやかされ、真に得をするということはないのである。
この章においては馬のことを言って、人の事を言わないのであるが、馬は、戦争で手柄をたてても、馬には、名誉のことなどは解らないのであるから、命がけで駆けまわるより、農耕に従う方が、馬にとって幸福であることは見やすいことである。
これは、人間にとっても同様に、名より身の方を、大切にすべきであることは言うまでもないことである。