今でも不思議なのは、彼女とは二人だけなら仲良し
でも、ひとたび集団に入ると意地悪な人に変身するのだ。
帰る方向が同じなのに追い抜いたり抜かれたりして
二人とも意固地になって帰って行った。
そのうち私のほうから「一緒に帰ろう」と声をかけた。
彼女は「ほっと」したようだった。
何事も無かったように帰った。
それにしても中学生の集団は怖い。
高校は、別方向で彼女とは会うことはなくなった。
私は隣町の高校へ、彼女は隣市の高校へ
その後成人式まで会うことは無かった。
隣町の高校へ入るとクラスはその町の人が過半数を占めていた
ほとんど知らない人ばかりだった。
一年生の時席が後ろの子に声をかけられ友達になった。
「ゆーごん」って呼んでねって言われて何をするにも
一緒だった、同じ学校からの友達かと思われるほどに
でも席替えがあって遠足が終わるとまた別の子達とも
仲良くなった。
別の子達とお弁当を一緒に食べようと誘われて
断れなかったし、「ゆーごんと食べる」とも言えなっかた。
それっきり、ゆーごんと話をすることも無くなってしまった。
ゆーごん、ごめんね。私器用じゃないの、本当にごめんね。
そして、二年生になるとクラス替えがあり「ゆーごん」とは
違うクラスになった。
今度のクラスは元1年8組の人が過半数で、
また知らない人ばかりになった。
一年生の時体育とかで一緒だった隣のクラスの人がいたので
今度は自分から「私も入れて」と声をかけて仲間に入れてもらった。
昼休みのたび元8組のリーダーが「あそぼー」やって来てみんなごっそり
いなくなった。ちょっとしらけました・・・・・。
でもしばらくすると、誘いがあっても行かなくなった。
今思うと人生一番輝いていた時期だと思う。
担任も若く、みんな仲良かった、楽しいクラスだった。
夏休みにクラスでキャンプをした。
そんな頃から、お弁当の時間になると必ず胸が苦しくなった。
「どうしたの?」と聞かれても自分でも分からなかった。
今思うと、中学時代のお弁当の時間のトラウマだったのだ。
次の年もクラスは持ち上がりだからメンバーは同じ
その頃からなぜか猜疑心が強くなって行った。
居心地がよければよいほど、仲がよければよいほど
優しければやさしいほど、人が信じられなくなっていった。
国語の時間に水戸黄門ごっこをしようと言うことがあった。
先生に礼をする代わりに「はははー」と言ってひれ伏すと言うもの
だけど、私は嫌だった。席が一番前だったので不安だった。
後ろが見えないから、みんなが信じられなくて嫌だった。
だから、私は絶対しないと言い張ってやらなかった。
私以外全員水戸黄門ごっこを成し遂げていた。
そのことについて誰も私を責めなかった。
「なんで、しなかったの」と聞こうとする人をそんなことを
言ってはいけないと庇ってくれる人がいても
こんなに、いい居場所なのに、みんなを裏切ってしまった。
きっとまた条件付の優しさだと思い込んでいたのだと思う
中学時代のお弁当のトラウマが私を頑固なものにしていたのだ。
そしてそれからいろいろな人間関係を経験し
仲間だと思っていた人に裏切られた経験を積み
大人になって、結婚して子供の親になり、たまたま障碍児二人も授かり
各親の会、学校の親達との付き合いで、またも裏切られ騙されて
仲間はずれが嫌で「NO!」といえない人間になり
子供のためと言いながら子どもを壊し、自分をも壊してしまった。
そして、現在の「うつ」の私がいてカウンセリングを受けたことで
長年の謎が解けたのでした。
さて私はこれからどう生きていけばいいのでしょう。
父の遺言ともいえる言葉は以下です。
どんなに親しくなっても心を許すな・信じるな
困ったな~どうしよう?