旅行先では、温泉に入浴したり、温泉旅館に泊まったりすることが、結構あると思いますが、近年は、温泉の質にも関心が向けられるようになってきました。もともと、昔ながらの湯治というものは、温泉による療養や保養を目的として、温泉地に長期間滞在するものでした。
奈良時代に書かれた『風土記』にも温泉の効能が罹れているほど古代から温泉療養が行われてきたのです。そこで、そういう療養や保養に適した温泉地を紹介しようと、NPO法人健康と温泉フォーラムが「名湯百選」を選定していることをご存知でしょうか?
日本には、現在3,200箇所もの温泉があると言われていますが、循環、加水、引湯、加熱などが適切に行われていないため、温泉の効能が充分期待できない温泉も結構あるのです。そんな中で、「名湯百選」を参考にして、療養、保養に優れた温泉地を訪れるようにしてみるのも良いのではないでしょうか。
〇「名湯百選」とは?
NPO法人健康と温泉フォーラムが、1989年(平成元)から、薬効が高く保養にすぐれた温泉地を「名湯百選 温泉療法医がすすめる健康と保養の温泉地」として選び、逐次見直しを進めてきたもので、現在、79件が選定されています。この「名湯百選」は、全国で3,200箇所の温泉から特に薬効が高く、療養、保養に優れた温泉地を選んだもので、湯の性質や効能が重視されてきました。主に、観光的要素だけでなく、保養や療養を目的とした温泉地を中心に、健康増進や疾病予防、適切な資源管理、自然環境の保全、温泉文化の伝承等の観点から多角的に検証され選定され、特定の旅館や施設ではなく、温泉地自体が保養や療養にすぐれていることを証明するものです。
☆「名湯百選」のお勧め(宿泊入浴体験記)
(1)恵山温泉郷(北海道函館市)
夕方、4時過ぎに、恵山の麓にある「恵山温泉旅館」へと到着しましたが、天気は、台風の接近を示すように曇ってきていました。建物は、白い瀟洒な造りで、なかなか良い感じです。まだ日が残っていたので、私は、荷物を置くとすぐに、車で恵山に登ってみることにしました。ヘアピンカーブの急勾配を上がっていくと、展望が開けてきます。眼下に津軽海峡を望むすばらしい眺めなのです。人っ子一人いない頂上近くの駐車場に車を駐めて、歩いて火口へと向かいます。あたりはもうもうと水蒸気が立ちこめ、硫黄の臭いが鼻をつく、まさに活火山、なかなかすばらしい景観です。こんなに迫力がある景勝地なのに、内地では観光地としてあまり知られていないのが不思議なくらいです。しばらく火口付近を散策し、津軽海峡から太平洋につながる遠景を堪能してから、宿へと引き返していきました。戻ってからは、すぐに浴場へと向かいましたが、なんともいえない素晴らしい色をした温泉です。酸性明礬緑礬泉が造り出すワインレッドとでも呼べるような色合いで、これもたいへん気に入ったのですが、石鹸やシャンプーなどは役に立ちません。ぬるめの湯にじっくり浸かって、上がって来て、ほどなくして部屋での夕食となりましたが、これがまたすごい!たなごの塩焼、刺身(ぶり・いか・ほたて・すずき)、なまこ酢、いかめし、海鮮鍋、鯖味噌煮などと、二の膳まで付いて食べきれないほどでした。お酒を冷やでたのんでおいしく飲みかつ食べ、後はテレビを見て寝てしまいました。お湯良し、料理良し、満足!満足!
(2)玉川温泉(秋田県仙北市)
玉川温泉の大浴場に行ってみると、男女別の浴場内は広く、源泉100%、50%の浴槽、寝湯、打たせ湯、気泡湯、蒸し湯、熱い湯、ぬるい湯など様々な浴槽が用意されていて、色々と試してみることが出来ます。その中でも、源泉100%(ph1.2の強酸性)の浴槽はすごい!見た目は澄んだ湯で普通の風呂と変わらないように見えるのですが...。中にはいると、強酸性の刺激が皮膚をピリピリとさせて、痛いような感じさえします。皮膚の弱い人は、ただれたりするので要注意と案内書に出ていました。しかし、その効能はものすごく、特に皮膚病には特効があって、医師に見放された慢性皮膚炎も1、2週間の湯治で治る場合があると聞きました。なるほど、この強酸性では殺菌力も強く、皮膚に取り付いた細菌も殺してしまうだろう...。ただし、この浴槽に長く浸かってはいられないのです。適当に違う浴槽に入ったり、湯から出て休みながら行うのでなければ続かないでしょう。30分ほどで上がって、部屋に戻ることにしました。翌朝4時を過ぎたばかりなのに廊下に人の気配がします。なんだろうと、思って出てみると、何人かがゴザを持って、出かけようとしていました。聞いて見ると、地獄谷へ岩盤浴に行くところだといいます。これが、以前聞いたところの岩盤の上にゴザを引いて、地熱と温泉蒸気を浴びる独特の方法かと思い、いっしょに連れていってもらうことにしました。裏口から旅館を抜け出ていきましたが、早朝の少し明るくなった道を何人もの人が2人、3人と連れだって、歩いています。手に手にゴザを持ち、トレーニングウェアーや防寒着を着込んで、連なっていく様子は独特のものです。温泉が川のように流れ、湯煙がもうもうと立ちこめています。途中、“大噴”のところでは98℃の熱湯がぼこぼことすさまじい勢いで噴き出していました。毎分9000㍑という、一つの源泉としては国内最高の湯量で、Ph1.2という強酸性泉の源となっています。この周辺はマイナスイオンが高いことで知られていて、すでにゴザを引いて寝ている人が見受けられます。さらに、少し歩いていくと、硫黄の吹き出している地獄谷と呼ばれる地帯に入って行きますが、そ の中に開放的な露天風呂が設けられているのです。その奥の大きな岩盤の上に、遊牧民の移動式住居のような大きなテントが3張り設置されていました。その周辺にも何人かがゴザを引いて寝っころがっていますが、その風変わりな光景にしばし呆然としてしまいました。これから、あのテントの中に入って岩盤浴をしようというのですが、すでにテントの中は満員で入り口で少々待たされることになりました。10分程待って、中に入っていきましたが、20人ほどがゴザの上に寝て毛布をかぶって、背中向け、仰向け、横向きと銘々のスタイルをとっています。私は教えてもらって、一番奥の隙間にゴザを引き、下着だけになって寝っころがって、毛布を借りて、引っ被りました。見ず知らずのメンバーが狭いテントの中に下着一枚になって、川の字になって寝ているとは何とも妙な雰囲気なのですが、慣れてくると岩盤の熱が適度に伝わってきてとても心地よいのです。しかし、長い間、同じ姿勢でいると熱くなってくるので、時々体位を変えて、上向きになったり、下向きになったりしなければなりません。時間もおおよそ40分位とされていて、あまり長くいると逆に体に良くないと言います。いっしょに来た人はきちんと時間をはかっていて、もう出ようと 声をかけてくれました。まことに不思議な体験を終えて、外に出ると、露天風呂にも何人かが入浴していました。ここはまさに天然の療養場所なのです。私も入浴したかったのですが、タオルを持ってこなかったので後で出直すことにして、旅館へと戻っていきました。
(3)塩原温泉郷(栃木県那須塩原市)
塩原温泉郷の中の畑下温泉「清琴楼」に泊まりましたが、本館は明治時代に建てられたままで残されており、尾崎紅葉の泊まった部屋が「紅葉の間」として保存され、見学できます。調度品や資料なども当時の物が展示されていて、興味をそそられました。残念ながら、宿泊できるのは、棟続きの別館や新館の方だけで、私は、昭和初期に立てられた別館の方へ泊まりました。こちらもそうとうレトロな感じでしたが、窓から箒川の眺めは、「金色夜叉」の文章を彷彿とさせるものでとても気に入ったのです。せせらぎが聞こえ、川風が入ってきてとても気分が良かったのです。建物の内部はきれいにしてあって、従業員のもてなしも良くてびっくりしました。ポットのお湯なんか何度も代えに来るし、布団の敷き方もとてもていねいなのです。そして、露天風呂がとても良いものでした。前を流れる箒川の中州にあって、橋を渡っていくと、女性用と混浴の2つの露天風呂がある。とても開放的で、見晴らしも良く、名瀑吉井滝も眺められ、源泉掛け流しのお湯に、すごく気持ちよく入浴できた。ただ、対岸の高所を無粋なバイパス道路が走っているのだけは気になりましたが...。戻ってきて、内湯へも入浴しましたが、楕円形の浴槽がレトロな感じで、ガラス越しに渓谷も眺められます。そして、浴槽の底のコンクリートが長年の使用によって腐食し、ゴツゴツしているのが面白いものでした。昔の懐かしきよき時代の浴室と言った雰囲気が気に入りました。上がってから、食事は、部屋へ運んでくれて、ズワイガニの足、ゆば、茹で豚、刺身、天ぷら、茶碗蒸しなど何品も出てきて、美味しく頂いたのです。後は、横になってプロ野球の巨人阪神戦を見ながら、気持ちよく寝てしまいました。グウグウ!!
(4)渋温泉(長野県下高井郡山ノ内町)
午後4時くらいには、その日の宿、渋温泉「つばた屋旅館」に入りました。ここは、創業200年の木造造りで、佐久間象山、若山牧水、夏目漱石も泊まったという名旅館なのです。風格のある建物で、とても気に入りました。部屋に荷物を置くと、さっそく外湯巡りに出かけたのですが、旅館から鍵さえもらえば、無料で、9ヶ所の外湯にも入れるのです。手拭いを買って、入った外湯のスタンプを押していくのも楽しい企画です。でも、一度に9湯入るのはちょっときつく、5湯で断念して、宿屋へと戻っていきました。外湯には石鹸とかなかったので、宿屋の内湯に入り直し、体を洗って、その日の湯納めとしました。入浴後は、ほどなくして、部屋での夕食となったのですが、この料理がまた良かったのです。地物ばかりで、紅マスの刺身とホイル焼き、馬刺、テンプラ(山菜、アジサイ)野沢菜、ナスとコンニャクなどが食卓をにぎわしています。とても満足して、冷酒を飲みながら、堪能しました。食後は、部屋でテレビを見たり、明日のコースを考えたりして寝てしまいました。翌朝は、早朝起きだして、6時から、外湯巡りの続きに出かけました。残り4湯に全部入り、外湯9つのスタンプを押して、最後に高薬師に参拝し、押印して上がりということになりました。みごと達成して、宿に引き上げてきたのですが、別に達成したからといって、賞品が出るわけでもないのですが...。しかし、外湯巡りのできる温泉地はとても楽しいものです。
(5)湯の峰温泉(和歌山県田辺市)
湯の峰温泉「あづまや荘(民宿)」は、電話で予約してありましたが、狭い部屋しかあいていないとのことで、料金も特別に安くしてくれるとのことでした。通されたのは3畳の部屋でしたが、とてもきれいなつくりで清潔にしてあったので、一人ならこれで充分で、なんだか申し訳ないような気がしました。荷物を置いてさっそくつぼ湯に入りにいきましたが、狭いためこの時間は結構順番待ちをしているとのことでした。それではと先に公衆浴場に入ることにしたら、入口で一般か薬湯かと聞かれました。それによって料金に差があると言うのです。そこで、どこが違うのかと問うてみたら、薬湯の方が源泉をそのまま使っているとのことだったので、高いほうの薬湯に入浴することにしました。浴槽では度々この温泉に入りにくるという男性といっしょになりました。「関西では有名な温泉で、湯がとても良い。」とのことで「料理にも色々と利用されている。」と言います。備え付けのカップで汲んで、「飲んでみなさい。」と勧められましたが、少し硫黄のにおいがするものの、とてもおいしい湯でした。湯加減もちょうどよく、ほんとうに疲れがとれていく感じがします。木の湯船にのびのびと足を延ばし、ゆったりと湯に浸かったのです。少し長めに入浴してから出てくると、つぼ湯の方が空いてきたようです。受付から監視カメラで見ているのが、ちょっとそぐわない感じもしましたが、番号札をもらって入りにいくことにしました。ちょうど待ち客が途切れ、中には青年が2人入浴していましたが、いっしょに入れさせてもらうことにしたのです。この浴槽はとても面白い!自然の川原の天然の大岩がくり抜かれて、大人2人ほど入浴できる湯壺となっています。その上に小屋掛けがしてあるといった風情です。湯は少し熱めでしたが、ごぼごぼと下の方から沸きだしてくる感じが心地よく。やわらかな泉質でとても効き目がありそうです。このロケーションといい、この湯といい、とても気に入ってしまいました。先に入っていた青年2人は川湯温泉の方へ行くといって、上がってしまい。一人、天然岩の湯壺に浸り、暗くなりつつある川原を眺めているとまるで仙人にでもなった気分になるから不思議なものです。もう少し、入っていたかったのですが、外の方で音がして、次の浴客が待っているようなので、上がることにしました。宿に戻るとすぐ広間での食事となりましたが、マグロの刺身、鮎塩焼、鳥鍋、蕎麦などが並べられていました。多人数の団体客が2組いるようで、それぞれわきあいあいと語りながら食事をしています。どうやら、1組は熊野本宮跡地でテントを張っていた、和歌山放送のメンバーのようで、明日の熊野路ウォークのことが話題となっていました。私の隣では若いカップルが食事をしていましたが、「今、つぼ湯に入ってきた。」と話すと、「私たちが行った時は列が出来ていて、あきらめた。」とうらめしそうでした。奈良市から十津川に沿って車で走ってきたとのことで、しばし温泉について歓談しました。お酒も新宮の地酒「太平洋」を冷やで3合たのみ気分良く、食べかつ飲んだのです。後は部屋に戻って、テレビと本を読みながら寝てしままいました。山中ですが、南国紀伊のこととて暖房も必要なく眠りにつきました。
(6)俵山温泉(山口県長門市)
長門市を南下し、山間に入っていったところに俵山温泉街が形成されていて、湯治場の風情を残し、国民保養温泉にも指定されています。私が泊まる「福隅旅館」も昔ながらの建物で、内湯が無くて、外湯に通う形態を保っているのです。以前は、そういう温泉地も多かったのですが、ほとんどの旅館が内湯を持つようになり、浴衣着て、手ぬぐい下げ、下駄をカランコロン鳴らして外湯通いという光景は少なくなりました。昔ながらの温泉情緒を保つ貴重なところで、この旅館もコの字型に造られた中庭にみごとな庭園があり、部屋では湯治客が銘々のスタイルでくつろいでいて、いかにも湯治場といった感じがします。私も、荷物を部屋に置くと、さっそく外湯への出かけてみました。宿から少し下がったところに、共同浴場「町の湯」があり、その先に「川の湯」があるのですが、まず、手前の「町の湯」から入ることにしました。建物は、近年立て替えられていて、近代的でモダンなものとなていて、ちょっとそぐわない感じがしました。これだけの昔ながらの湯治場の風情が残る街並みなのだから、それにふさわしく、木造でレトロな感じの方がよかったのではないか。そんなことを思いながら入浴しましたが、お湯はとても入りやすく、長湯したくなるような泉質でした。宿に戻って、ほどなくして部屋での夕食となったが、とてもおいしくて、お酒を飲みながら、じっくりと味わいました。後は、テレビを見ながら横になって寝てしまったのです。翌朝、6時過ぎに起床し、恒例の散歩に出ました。温泉街の朝は静かですが、もう外湯に通う人々が動き出しています。細長い街並みをつれづれに歩いていくと、もう一つの外湯「川の湯」の前に出ましたが、もう共同浴場は開いていて、浴衣姿の浴客が中に入っていきます。私は、散歩の後に入浴することにして、前を通り過ぎ、川の方へと歩いていきました。この川筋に沿って旅館や商店がびっしりと建ち並んでいて、湯の町の雰囲気が一番感じられる所です。温泉街の朝は早く、もう開店の準備をしている店もあります。温泉饅頭を蒸かす煙が上がり、道路を掃いている人の姿もみえます。そんな町を小一時間ほど散策して、いったん宿に戻り、タオルを手にしてから、「川の湯」へと向かいました。こちらの方は「町の湯」ほど新しくありませんが、それでも近代的なつくりで、入浴しながら川が眺められました。また、泉質も少し、異なっているように感じたのです。すでに、大勢の人が入浴していて、話し声があちこちから聞こえ、湯治に来ている人々の交流の場となっていることがわかります。そんな人々と言葉を交わしながらの入浴は楽しいもので、時間のたつのも忘れてしまうのです。少々長湯して、宿の方に戻って、すぐ朝食となりました。食後は、ゆっくりと支度をして、8時半過ぎには車で出立したのです。
(7)蘇鶴温泉(高知県吾川郡いの町)
蘇鶴温泉は一軒宿の温泉で、高知県では最も古い、古来からの名湯とのことでした。周辺は、山里の田園風景といった感じで、その中にぽつんと温泉宿があります。看板は出ていますが、注意しないと温泉とは見分けられないようなたたずまいでした。宿泊用の部屋も5室しかなく、こじんまりとしています。宿泊料金は安く、湯治場の雰囲気があって、私の好きな感じでした。部屋へ荷物を置くとさっそく浴場へと向かいました。大きめな加熱浴槽と小さめな源泉掛け流し浴槽があったのですが、この冷泉浴槽が何とも言えないくらい気持ちよかったのです。19℃ほどの硫黄を含む源泉にそのまま浸かるというのは、大分県の「寒ノ地獄温泉」と同じような感じです。最初は冷たくてとても入れないような気がするものの、入っていると徐々に慣れてきて、じわっと暖かみが感じられるから不思議なものです。そして、沸かし湯の方へ交互に入っていると実に気持ちよくなってくるのです。いっしょに入っていた地元の人も体に良く効くと話していました。ほんとうに良い温泉で、そのお湯を堪能したのです。後で、聞くと、なんでもその昔、傷ついた一羽の鶴がこの温泉に浸かって蘇ったという言い伝えがあり、「蘇った鶴」で蘇鶴温泉と言うとのことでした。なるほど、鶴も治す名湯かと妙に納得したのです。浴後、食堂での夕食となりましたが、この料金としてはまずまずで、お酒を冷やで2合たのんで、美味しく飲みかつ食べました。その後は、部屋に戻って、テレビを見たり、明日のコースを考えたりしながら寝てしまいました。
(8)霧島温泉郷(鹿児島県霧島市・姶良郡湧水町)
霧島温泉郷の最高所にある民営国民宿舎「霧島新燃荘」に泊まりましたが、標高920mに湧く山中の一軒宿で、そこに着いたときには木造2階建ての古風な湯治場風の作りにすっかり気に入ってしまいました。荷物を置くとさっそく温泉の大浴場へ...、川端に大きな屋根をつけたような湯治場風の木の湯船に、硫黄の臭いが強い濁った湯が流れ込み、とても風情があります。どちらかいうと、近代的なホテルより昔風の旅館が好きで、こういう温泉を見ると感激してしまうのです。地元のおじいさんと湯船に浸かりながら話をしたのですが、皮膚病にとても良く効き、水虫なんかすぐによくなるとのことでした。私が関東の方から来たと言うととても懐かしがって、「自分も若い頃は東京に働きに出ていた」と話してくれました。こういう、地元の人との語らいが、湯治場ならではで、とても好きなのです。この宿は、今から40年くらい前の1954年(昭和29年)の台風による土砂崩れで押しつぶされ、多くの犠牲者を出し、再建不能といわれていた中で、旅館の主人が一人で埋もれてしまった泉源の発掘を続け、5年以上の月日を経て復興したという歴史があります。まさに執念で再発掘したとのことです。そのおかげで、今でも昔の風情をたたえた湯治場が残されているのはうれしい限りです。夕食は、地元でとれた虹鱒の塩焼きと鯉のあらい、山菜、きのこなどでとても素朴でおいしく気に入りました。地酒を2本燗してもらい、飲みかつ食べるのはとてもいいものです。そうこうして、湯治場の一夜は過ぎていきました。翌朝はまず朝風呂へ、今度は内湯の家族風呂へ入りました。樹齢300年のツゲの大木をくり貫いてつくった湯船は1~2人でいっぱいですが、とてもユニークなもので気に入ったのです。他に混浴の露天風呂もあって、けっこう色々な風呂が楽しめました。
☆「名湯百選」一覧
<北海道>
•豊富温泉(北海道)
•カルルス温泉(北海道)
•ニセコ温泉郷(北海道)
•湯の川温泉(北海道)
•然別湖温泉(北海道)
•二股ラジウム温泉(北海道)
•恵山温泉郷(北海道)
•川湯温泉(北海道)
<東北>
•五所川原温泉(青森県)
•酸ヶ湯温泉(青森県)
•十和田温泉郷(青森県)
•玉川温泉(秋田県)
•大湯温泉(秋田県)
•須川温泉(岩手県)
•繋・鴬宿温泉(岩手県)
•夏油温泉(岩手県)
•上山温泉(山形県)
•肘折温泉(山形県)
•作並温泉(宮城県)
•鳴子温泉郷(宮城県)
•飯坂温泉(福島県)
•磐梯熱海温泉(福島県)
<関東>
•袋田・大子温泉(茨城県)
•塩原温泉(栃木県)
•日光湯元温泉(栃木県)
•法師温泉(群馬県)
•伊香保温泉(群馬県)
•草津温泉(群馬県)
•四万・沢渡温泉(群馬県)
•勝浦温泉(千葉県)
•七沢温泉(神奈川県)
<中部>
•瀬波温泉(新潟県)
•貝掛温泉(新潟県)
•宇奈月・鐘釣温泉(富山県)
•加賀八幡温泉(石川県)
•湯涌温泉(石川県)
•芦原温泉(福井県)
•石和温泉(山梨県)
•下部温泉(山梨県)
•増富温泉(山梨県)
•鹿教湯温泉(長野県)
•白骨温泉(長野県)
•湯田中・渋温泉郷(長野県)
•小谷温泉(長野県)
•戸倉上山田温泉(長野県)
•下呂温泉(岐阜県)
•修善寺温泉(静岡県)
•七滝・大滝温泉(静岡県)
•伊豆長岡・古奈温泉(静岡県)
•寸又峡温泉(静岡県)
•尾張かにえ温泉(愛知県)
<近畿>
•榊原温泉(三重県)
•十津川温泉(奈良県)
•赤穂温泉(兵庫県)
•浜坂・七釜温泉(兵庫県)
•城崎温泉(兵庫県)
•有馬温泉(兵庫県)
•南紀白浜温泉(和歌山県)
•湯の峰温泉(和歌山県)
•川湯温泉(和歌山県)
•龍神温泉(和歌山県)
•南紀勝浦温泉(和歌山県)
<中国>
•三朝温泉(鳥取県)
•関金温泉(鳥取県)
•玉造温泉(島根県)
•奥津温泉(岡山県)
•湯原温泉(岡山県)
•湯来・湯の山温泉(広島県)
•俵山温泉(山口県)
•三丘温泉(山口県)
<四国>
•道後温泉(愛媛県)
•湯ノ浦温泉(愛媛県)
•蘇鶴温泉(高知県)
<九州・沖縄>
•筑後川・吉井温泉(福岡県)
•古湯・熊の川温泉(佐賀県)
•雲仙・小浜温泉(長崎県)
•湯の児温泉(熊本県)
•地獄・垂玉温泉(熊本県)
•由布院温泉(大分県)
•別府八湯温泉(大分県)
•指宿温泉(鹿児島県)
•川内高城温泉(鹿児島県)
•霧島温泉郷(鹿児島県)
奈良時代に書かれた『風土記』にも温泉の効能が罹れているほど古代から温泉療養が行われてきたのです。そこで、そういう療養や保養に適した温泉地を紹介しようと、NPO法人健康と温泉フォーラムが「名湯百選」を選定していることをご存知でしょうか?
日本には、現在3,200箇所もの温泉があると言われていますが、循環、加水、引湯、加熱などが適切に行われていないため、温泉の効能が充分期待できない温泉も結構あるのです。そんな中で、「名湯百選」を参考にして、療養、保養に優れた温泉地を訪れるようにしてみるのも良いのではないでしょうか。
〇「名湯百選」とは?
NPO法人健康と温泉フォーラムが、1989年(平成元)から、薬効が高く保養にすぐれた温泉地を「名湯百選 温泉療法医がすすめる健康と保養の温泉地」として選び、逐次見直しを進めてきたもので、現在、79件が選定されています。この「名湯百選」は、全国で3,200箇所の温泉から特に薬効が高く、療養、保養に優れた温泉地を選んだもので、湯の性質や効能が重視されてきました。主に、観光的要素だけでなく、保養や療養を目的とした温泉地を中心に、健康増進や疾病予防、適切な資源管理、自然環境の保全、温泉文化の伝承等の観点から多角的に検証され選定され、特定の旅館や施設ではなく、温泉地自体が保養や療養にすぐれていることを証明するものです。
☆「名湯百選」のお勧め(宿泊入浴体験記)
(1)恵山温泉郷(北海道函館市)
夕方、4時過ぎに、恵山の麓にある「恵山温泉旅館」へと到着しましたが、天気は、台風の接近を示すように曇ってきていました。建物は、白い瀟洒な造りで、なかなか良い感じです。まだ日が残っていたので、私は、荷物を置くとすぐに、車で恵山に登ってみることにしました。ヘアピンカーブの急勾配を上がっていくと、展望が開けてきます。眼下に津軽海峡を望むすばらしい眺めなのです。人っ子一人いない頂上近くの駐車場に車を駐めて、歩いて火口へと向かいます。あたりはもうもうと水蒸気が立ちこめ、硫黄の臭いが鼻をつく、まさに活火山、なかなかすばらしい景観です。こんなに迫力がある景勝地なのに、内地では観光地としてあまり知られていないのが不思議なくらいです。しばらく火口付近を散策し、津軽海峡から太平洋につながる遠景を堪能してから、宿へと引き返していきました。戻ってからは、すぐに浴場へと向かいましたが、なんともいえない素晴らしい色をした温泉です。酸性明礬緑礬泉が造り出すワインレッドとでも呼べるような色合いで、これもたいへん気に入ったのですが、石鹸やシャンプーなどは役に立ちません。ぬるめの湯にじっくり浸かって、上がって来て、ほどなくして部屋での夕食となりましたが、これがまたすごい!たなごの塩焼、刺身(ぶり・いか・ほたて・すずき)、なまこ酢、いかめし、海鮮鍋、鯖味噌煮などと、二の膳まで付いて食べきれないほどでした。お酒を冷やでたのんでおいしく飲みかつ食べ、後はテレビを見て寝てしまいました。お湯良し、料理良し、満足!満足!
(2)玉川温泉(秋田県仙北市)
玉川温泉の大浴場に行ってみると、男女別の浴場内は広く、源泉100%、50%の浴槽、寝湯、打たせ湯、気泡湯、蒸し湯、熱い湯、ぬるい湯など様々な浴槽が用意されていて、色々と試してみることが出来ます。その中でも、源泉100%(ph1.2の強酸性)の浴槽はすごい!見た目は澄んだ湯で普通の風呂と変わらないように見えるのですが...。中にはいると、強酸性の刺激が皮膚をピリピリとさせて、痛いような感じさえします。皮膚の弱い人は、ただれたりするので要注意と案内書に出ていました。しかし、その効能はものすごく、特に皮膚病には特効があって、医師に見放された慢性皮膚炎も1、2週間の湯治で治る場合があると聞きました。なるほど、この強酸性では殺菌力も強く、皮膚に取り付いた細菌も殺してしまうだろう...。ただし、この浴槽に長く浸かってはいられないのです。適当に違う浴槽に入ったり、湯から出て休みながら行うのでなければ続かないでしょう。30分ほどで上がって、部屋に戻ることにしました。翌朝4時を過ぎたばかりなのに廊下に人の気配がします。なんだろうと、思って出てみると、何人かがゴザを持って、出かけようとしていました。聞いて見ると、地獄谷へ岩盤浴に行くところだといいます。これが、以前聞いたところの岩盤の上にゴザを引いて、地熱と温泉蒸気を浴びる独特の方法かと思い、いっしょに連れていってもらうことにしました。裏口から旅館を抜け出ていきましたが、早朝の少し明るくなった道を何人もの人が2人、3人と連れだって、歩いています。手に手にゴザを持ち、トレーニングウェアーや防寒着を着込んで、連なっていく様子は独特のものです。温泉が川のように流れ、湯煙がもうもうと立ちこめています。途中、“大噴”のところでは98℃の熱湯がぼこぼことすさまじい勢いで噴き出していました。毎分9000㍑という、一つの源泉としては国内最高の湯量で、Ph1.2という強酸性泉の源となっています。この周辺はマイナスイオンが高いことで知られていて、すでにゴザを引いて寝ている人が見受けられます。さらに、少し歩いていくと、硫黄の吹き出している地獄谷と呼ばれる地帯に入って行きますが、そ の中に開放的な露天風呂が設けられているのです。その奥の大きな岩盤の上に、遊牧民の移動式住居のような大きなテントが3張り設置されていました。その周辺にも何人かがゴザを引いて寝っころがっていますが、その風変わりな光景にしばし呆然としてしまいました。これから、あのテントの中に入って岩盤浴をしようというのですが、すでにテントの中は満員で入り口で少々待たされることになりました。10分程待って、中に入っていきましたが、20人ほどがゴザの上に寝て毛布をかぶって、背中向け、仰向け、横向きと銘々のスタイルをとっています。私は教えてもらって、一番奥の隙間にゴザを引き、下着だけになって寝っころがって、毛布を借りて、引っ被りました。見ず知らずのメンバーが狭いテントの中に下着一枚になって、川の字になって寝ているとは何とも妙な雰囲気なのですが、慣れてくると岩盤の熱が適度に伝わってきてとても心地よいのです。しかし、長い間、同じ姿勢でいると熱くなってくるので、時々体位を変えて、上向きになったり、下向きになったりしなければなりません。時間もおおよそ40分位とされていて、あまり長くいると逆に体に良くないと言います。いっしょに来た人はきちんと時間をはかっていて、もう出ようと 声をかけてくれました。まことに不思議な体験を終えて、外に出ると、露天風呂にも何人かが入浴していました。ここはまさに天然の療養場所なのです。私も入浴したかったのですが、タオルを持ってこなかったので後で出直すことにして、旅館へと戻っていきました。
(3)塩原温泉郷(栃木県那須塩原市)
塩原温泉郷の中の畑下温泉「清琴楼」に泊まりましたが、本館は明治時代に建てられたままで残されており、尾崎紅葉の泊まった部屋が「紅葉の間」として保存され、見学できます。調度品や資料なども当時の物が展示されていて、興味をそそられました。残念ながら、宿泊できるのは、棟続きの別館や新館の方だけで、私は、昭和初期に立てられた別館の方へ泊まりました。こちらもそうとうレトロな感じでしたが、窓から箒川の眺めは、「金色夜叉」の文章を彷彿とさせるものでとても気に入ったのです。せせらぎが聞こえ、川風が入ってきてとても気分が良かったのです。建物の内部はきれいにしてあって、従業員のもてなしも良くてびっくりしました。ポットのお湯なんか何度も代えに来るし、布団の敷き方もとてもていねいなのです。そして、露天風呂がとても良いものでした。前を流れる箒川の中州にあって、橋を渡っていくと、女性用と混浴の2つの露天風呂がある。とても開放的で、見晴らしも良く、名瀑吉井滝も眺められ、源泉掛け流しのお湯に、すごく気持ちよく入浴できた。ただ、対岸の高所を無粋なバイパス道路が走っているのだけは気になりましたが...。戻ってきて、内湯へも入浴しましたが、楕円形の浴槽がレトロな感じで、ガラス越しに渓谷も眺められます。そして、浴槽の底のコンクリートが長年の使用によって腐食し、ゴツゴツしているのが面白いものでした。昔の懐かしきよき時代の浴室と言った雰囲気が気に入りました。上がってから、食事は、部屋へ運んでくれて、ズワイガニの足、ゆば、茹で豚、刺身、天ぷら、茶碗蒸しなど何品も出てきて、美味しく頂いたのです。後は、横になってプロ野球の巨人阪神戦を見ながら、気持ちよく寝てしまいました。グウグウ!!
(4)渋温泉(長野県下高井郡山ノ内町)
午後4時くらいには、その日の宿、渋温泉「つばた屋旅館」に入りました。ここは、創業200年の木造造りで、佐久間象山、若山牧水、夏目漱石も泊まったという名旅館なのです。風格のある建物で、とても気に入りました。部屋に荷物を置くと、さっそく外湯巡りに出かけたのですが、旅館から鍵さえもらえば、無料で、9ヶ所の外湯にも入れるのです。手拭いを買って、入った外湯のスタンプを押していくのも楽しい企画です。でも、一度に9湯入るのはちょっときつく、5湯で断念して、宿屋へと戻っていきました。外湯には石鹸とかなかったので、宿屋の内湯に入り直し、体を洗って、その日の湯納めとしました。入浴後は、ほどなくして、部屋での夕食となったのですが、この料理がまた良かったのです。地物ばかりで、紅マスの刺身とホイル焼き、馬刺、テンプラ(山菜、アジサイ)野沢菜、ナスとコンニャクなどが食卓をにぎわしています。とても満足して、冷酒を飲みながら、堪能しました。食後は、部屋でテレビを見たり、明日のコースを考えたりして寝てしまいました。翌朝は、早朝起きだして、6時から、外湯巡りの続きに出かけました。残り4湯に全部入り、外湯9つのスタンプを押して、最後に高薬師に参拝し、押印して上がりということになりました。みごと達成して、宿に引き上げてきたのですが、別に達成したからといって、賞品が出るわけでもないのですが...。しかし、外湯巡りのできる温泉地はとても楽しいものです。
(5)湯の峰温泉(和歌山県田辺市)
湯の峰温泉「あづまや荘(民宿)」は、電話で予約してありましたが、狭い部屋しかあいていないとのことで、料金も特別に安くしてくれるとのことでした。通されたのは3畳の部屋でしたが、とてもきれいなつくりで清潔にしてあったので、一人ならこれで充分で、なんだか申し訳ないような気がしました。荷物を置いてさっそくつぼ湯に入りにいきましたが、狭いためこの時間は結構順番待ちをしているとのことでした。それではと先に公衆浴場に入ることにしたら、入口で一般か薬湯かと聞かれました。それによって料金に差があると言うのです。そこで、どこが違うのかと問うてみたら、薬湯の方が源泉をそのまま使っているとのことだったので、高いほうの薬湯に入浴することにしました。浴槽では度々この温泉に入りにくるという男性といっしょになりました。「関西では有名な温泉で、湯がとても良い。」とのことで「料理にも色々と利用されている。」と言います。備え付けのカップで汲んで、「飲んでみなさい。」と勧められましたが、少し硫黄のにおいがするものの、とてもおいしい湯でした。湯加減もちょうどよく、ほんとうに疲れがとれていく感じがします。木の湯船にのびのびと足を延ばし、ゆったりと湯に浸かったのです。少し長めに入浴してから出てくると、つぼ湯の方が空いてきたようです。受付から監視カメラで見ているのが、ちょっとそぐわない感じもしましたが、番号札をもらって入りにいくことにしました。ちょうど待ち客が途切れ、中には青年が2人入浴していましたが、いっしょに入れさせてもらうことにしたのです。この浴槽はとても面白い!自然の川原の天然の大岩がくり抜かれて、大人2人ほど入浴できる湯壺となっています。その上に小屋掛けがしてあるといった風情です。湯は少し熱めでしたが、ごぼごぼと下の方から沸きだしてくる感じが心地よく。やわらかな泉質でとても効き目がありそうです。このロケーションといい、この湯といい、とても気に入ってしまいました。先に入っていた青年2人は川湯温泉の方へ行くといって、上がってしまい。一人、天然岩の湯壺に浸り、暗くなりつつある川原を眺めているとまるで仙人にでもなった気分になるから不思議なものです。もう少し、入っていたかったのですが、外の方で音がして、次の浴客が待っているようなので、上がることにしました。宿に戻るとすぐ広間での食事となりましたが、マグロの刺身、鮎塩焼、鳥鍋、蕎麦などが並べられていました。多人数の団体客が2組いるようで、それぞれわきあいあいと語りながら食事をしています。どうやら、1組は熊野本宮跡地でテントを張っていた、和歌山放送のメンバーのようで、明日の熊野路ウォークのことが話題となっていました。私の隣では若いカップルが食事をしていましたが、「今、つぼ湯に入ってきた。」と話すと、「私たちが行った時は列が出来ていて、あきらめた。」とうらめしそうでした。奈良市から十津川に沿って車で走ってきたとのことで、しばし温泉について歓談しました。お酒も新宮の地酒「太平洋」を冷やで3合たのみ気分良く、食べかつ飲んだのです。後は部屋に戻って、テレビと本を読みながら寝てしままいました。山中ですが、南国紀伊のこととて暖房も必要なく眠りにつきました。
(6)俵山温泉(山口県長門市)
長門市を南下し、山間に入っていったところに俵山温泉街が形成されていて、湯治場の風情を残し、国民保養温泉にも指定されています。私が泊まる「福隅旅館」も昔ながらの建物で、内湯が無くて、外湯に通う形態を保っているのです。以前は、そういう温泉地も多かったのですが、ほとんどの旅館が内湯を持つようになり、浴衣着て、手ぬぐい下げ、下駄をカランコロン鳴らして外湯通いという光景は少なくなりました。昔ながらの温泉情緒を保つ貴重なところで、この旅館もコの字型に造られた中庭にみごとな庭園があり、部屋では湯治客が銘々のスタイルでくつろいでいて、いかにも湯治場といった感じがします。私も、荷物を部屋に置くと、さっそく外湯への出かけてみました。宿から少し下がったところに、共同浴場「町の湯」があり、その先に「川の湯」があるのですが、まず、手前の「町の湯」から入ることにしました。建物は、近年立て替えられていて、近代的でモダンなものとなていて、ちょっとそぐわない感じがしました。これだけの昔ながらの湯治場の風情が残る街並みなのだから、それにふさわしく、木造でレトロな感じの方がよかったのではないか。そんなことを思いながら入浴しましたが、お湯はとても入りやすく、長湯したくなるような泉質でした。宿に戻って、ほどなくして部屋での夕食となったが、とてもおいしくて、お酒を飲みながら、じっくりと味わいました。後は、テレビを見ながら横になって寝てしまったのです。翌朝、6時過ぎに起床し、恒例の散歩に出ました。温泉街の朝は静かですが、もう外湯に通う人々が動き出しています。細長い街並みをつれづれに歩いていくと、もう一つの外湯「川の湯」の前に出ましたが、もう共同浴場は開いていて、浴衣姿の浴客が中に入っていきます。私は、散歩の後に入浴することにして、前を通り過ぎ、川の方へと歩いていきました。この川筋に沿って旅館や商店がびっしりと建ち並んでいて、湯の町の雰囲気が一番感じられる所です。温泉街の朝は早く、もう開店の準備をしている店もあります。温泉饅頭を蒸かす煙が上がり、道路を掃いている人の姿もみえます。そんな町を小一時間ほど散策して、いったん宿に戻り、タオルを手にしてから、「川の湯」へと向かいました。こちらの方は「町の湯」ほど新しくありませんが、それでも近代的なつくりで、入浴しながら川が眺められました。また、泉質も少し、異なっているように感じたのです。すでに、大勢の人が入浴していて、話し声があちこちから聞こえ、湯治に来ている人々の交流の場となっていることがわかります。そんな人々と言葉を交わしながらの入浴は楽しいもので、時間のたつのも忘れてしまうのです。少々長湯して、宿の方に戻って、すぐ朝食となりました。食後は、ゆっくりと支度をして、8時半過ぎには車で出立したのです。
(7)蘇鶴温泉(高知県吾川郡いの町)
蘇鶴温泉は一軒宿の温泉で、高知県では最も古い、古来からの名湯とのことでした。周辺は、山里の田園風景といった感じで、その中にぽつんと温泉宿があります。看板は出ていますが、注意しないと温泉とは見分けられないようなたたずまいでした。宿泊用の部屋も5室しかなく、こじんまりとしています。宿泊料金は安く、湯治場の雰囲気があって、私の好きな感じでした。部屋へ荷物を置くとさっそく浴場へと向かいました。大きめな加熱浴槽と小さめな源泉掛け流し浴槽があったのですが、この冷泉浴槽が何とも言えないくらい気持ちよかったのです。19℃ほどの硫黄を含む源泉にそのまま浸かるというのは、大分県の「寒ノ地獄温泉」と同じような感じです。最初は冷たくてとても入れないような気がするものの、入っていると徐々に慣れてきて、じわっと暖かみが感じられるから不思議なものです。そして、沸かし湯の方へ交互に入っていると実に気持ちよくなってくるのです。いっしょに入っていた地元の人も体に良く効くと話していました。ほんとうに良い温泉で、そのお湯を堪能したのです。後で、聞くと、なんでもその昔、傷ついた一羽の鶴がこの温泉に浸かって蘇ったという言い伝えがあり、「蘇った鶴」で蘇鶴温泉と言うとのことでした。なるほど、鶴も治す名湯かと妙に納得したのです。浴後、食堂での夕食となりましたが、この料金としてはまずまずで、お酒を冷やで2合たのんで、美味しく飲みかつ食べました。その後は、部屋に戻って、テレビを見たり、明日のコースを考えたりしながら寝てしまいました。
(8)霧島温泉郷(鹿児島県霧島市・姶良郡湧水町)
霧島温泉郷の最高所にある民営国民宿舎「霧島新燃荘」に泊まりましたが、標高920mに湧く山中の一軒宿で、そこに着いたときには木造2階建ての古風な湯治場風の作りにすっかり気に入ってしまいました。荷物を置くとさっそく温泉の大浴場へ...、川端に大きな屋根をつけたような湯治場風の木の湯船に、硫黄の臭いが強い濁った湯が流れ込み、とても風情があります。どちらかいうと、近代的なホテルより昔風の旅館が好きで、こういう温泉を見ると感激してしまうのです。地元のおじいさんと湯船に浸かりながら話をしたのですが、皮膚病にとても良く効き、水虫なんかすぐによくなるとのことでした。私が関東の方から来たと言うととても懐かしがって、「自分も若い頃は東京に働きに出ていた」と話してくれました。こういう、地元の人との語らいが、湯治場ならではで、とても好きなのです。この宿は、今から40年くらい前の1954年(昭和29年)の台風による土砂崩れで押しつぶされ、多くの犠牲者を出し、再建不能といわれていた中で、旅館の主人が一人で埋もれてしまった泉源の発掘を続け、5年以上の月日を経て復興したという歴史があります。まさに執念で再発掘したとのことです。そのおかげで、今でも昔の風情をたたえた湯治場が残されているのはうれしい限りです。夕食は、地元でとれた虹鱒の塩焼きと鯉のあらい、山菜、きのこなどでとても素朴でおいしく気に入りました。地酒を2本燗してもらい、飲みかつ食べるのはとてもいいものです。そうこうして、湯治場の一夜は過ぎていきました。翌朝はまず朝風呂へ、今度は内湯の家族風呂へ入りました。樹齢300年のツゲの大木をくり貫いてつくった湯船は1~2人でいっぱいですが、とてもユニークなもので気に入ったのです。他に混浴の露天風呂もあって、けっこう色々な風呂が楽しめました。
☆「名湯百選」一覧
<北海道>
•豊富温泉(北海道)
•カルルス温泉(北海道)
•ニセコ温泉郷(北海道)
•湯の川温泉(北海道)
•然別湖温泉(北海道)
•二股ラジウム温泉(北海道)
•恵山温泉郷(北海道)
•川湯温泉(北海道)
<東北>
•五所川原温泉(青森県)
•酸ヶ湯温泉(青森県)
•十和田温泉郷(青森県)
•玉川温泉(秋田県)
•大湯温泉(秋田県)
•須川温泉(岩手県)
•繋・鴬宿温泉(岩手県)
•夏油温泉(岩手県)
•上山温泉(山形県)
•肘折温泉(山形県)
•作並温泉(宮城県)
•鳴子温泉郷(宮城県)
•飯坂温泉(福島県)
•磐梯熱海温泉(福島県)
<関東>
•袋田・大子温泉(茨城県)
•塩原温泉(栃木県)
•日光湯元温泉(栃木県)
•法師温泉(群馬県)
•伊香保温泉(群馬県)
•草津温泉(群馬県)
•四万・沢渡温泉(群馬県)
•勝浦温泉(千葉県)
•七沢温泉(神奈川県)
<中部>
•瀬波温泉(新潟県)
•貝掛温泉(新潟県)
•宇奈月・鐘釣温泉(富山県)
•加賀八幡温泉(石川県)
•湯涌温泉(石川県)
•芦原温泉(福井県)
•石和温泉(山梨県)
•下部温泉(山梨県)
•増富温泉(山梨県)
•鹿教湯温泉(長野県)
•白骨温泉(長野県)
•湯田中・渋温泉郷(長野県)
•小谷温泉(長野県)
•戸倉上山田温泉(長野県)
•下呂温泉(岐阜県)
•修善寺温泉(静岡県)
•七滝・大滝温泉(静岡県)
•伊豆長岡・古奈温泉(静岡県)
•寸又峡温泉(静岡県)
•尾張かにえ温泉(愛知県)
<近畿>
•榊原温泉(三重県)
•十津川温泉(奈良県)
•赤穂温泉(兵庫県)
•浜坂・七釜温泉(兵庫県)
•城崎温泉(兵庫県)
•有馬温泉(兵庫県)
•南紀白浜温泉(和歌山県)
•湯の峰温泉(和歌山県)
•川湯温泉(和歌山県)
•龍神温泉(和歌山県)
•南紀勝浦温泉(和歌山県)
<中国>
•三朝温泉(鳥取県)
•関金温泉(鳥取県)
•玉造温泉(島根県)
•奥津温泉(岡山県)
•湯原温泉(岡山県)
•湯来・湯の山温泉(広島県)
•俵山温泉(山口県)
•三丘温泉(山口県)
<四国>
•道後温泉(愛媛県)
•湯ノ浦温泉(愛媛県)
•蘇鶴温泉(高知県)
<九州・沖縄>
•筑後川・吉井温泉(福岡県)
•古湯・熊の川温泉(佐賀県)
•雲仙・小浜温泉(長崎県)
•湯の児温泉(熊本県)
•地獄・垂玉温泉(熊本県)
•由布院温泉(大分県)
•別府八湯温泉(大分県)
•指宿温泉(鹿児島県)
•川内高城温泉(鹿児島県)
•霧島温泉郷(鹿児島県)