四 雪のようなユキコ
いざ行かん、記憶の旅へ。我に続け。
今僕は、渋谷に来ていた。この年の春は早く、三月末には桜は七分ほど咲いていた。
何度来ても、渋谷は記憶の扉に響かない。みんなから言うと、渋谷は新宿や池袋と違って変わらない街だそうだ。谷底のような地形が邪魔をしているらしい。
渋谷は二つの河川の合流点に出来た谷底の街で有る。繁華街から四方に急坂が走っていて、丘の上と駅とを結んでいる。
しばらく徘徊したが、知っているところは見つからなかった。
僕は数日前のインターネットのウィキペディアを賢明に思い出そうとしていた。最近のことは少しは覚えていられる。駄目なのは人の名前と顔、凄い方向音痴で来た道を帰るのさへおぼつかない。だから誰かしらが着いてくるのだ。
また、携帯が鳴っている。
そろそろ帰ってもいい頃だと思って携帯に出た。
「Gさん。いまどこ?」
小早川さんからだ。
「渋谷」
「丸山さんがしょんぼりしてたよ。Gさんに巻かれたって。大丈夫・・・? 一人で帰れるかい」
まるで小学生だ。
「ええ、駅前から池袋行きの都バスが出ているから」
「それじゃ時間がかかるでしょう。山手線に乗れば直ぐつく」
「ありがとう。でも都バスで帰ります。電車賃もったいないから」
僕たちは都営の地下鉄とバスのフリーパスを持たされていた。
「気をつけて。何かあったら電話して。誰か迎えに行くから」
今度は幼稚園児。我ながら恥ずかしくもあり情けなかった。
僕はバス停を目指してスクランブル交差点を渡った。歩きながら用心深く場所を確認した。交差点を渡ってガードを潜って四つ角を左折。そしてビックカメラの前に池袋行きのバス停があった。
僕はバス停を目指して横断歩道を渡った。
渡りきった時、向かいの一○九の前で僕を見詰める若い女性に気がついた。あの目は・・・? 僕を知っている目だ。
僕は一○九へと急いだ、痺れる左足を叱咤激励して早足で歩いた。
ビルの前に辿り着いたが、女の姿は消えていた。
慌てて辺りを見回したが見付からなかった。僕の勘違いだったのか? また、白昼に幻想を見たのだろうか。
あきらめた僕の前に、その娘が飛び出して来た。
「久しぶり。生きていたの? 元気」
間違いない。この娘は僕を知っている。
娘は雪のように白い肌を持っていた。身体は氷のように透き通って冷たいのだろうか? なぜかそんなことが気になった。
深紅のスプリングコートが翻って花柄のワンピースが現れた。胸の桜花が吹雪のように舞って僕の眼を眩ませた。
「僕を知ってるの・・・?」
「なに馬鹿なことを言ってるの」
娘は少し腰を屈めて僕を見上げた。彼女は十センチは有ろうかのハイヒールを履いていたので、そうしなければ僕を逆に見下ろす事になるからだ。
「僕の名前は?」
「君の名は・・・って? 頭がおかしくなったのね。私を覚えていないの?!。人でなし」
確かに人でなしだ。
「わたし・・・ユキコよ、分からないの?」
僕は返事をする代わりに小首を傾げて見せた。
GOROU
2018年3月17日
いざ行かん、記憶の旅へ。我に続け。
今僕は、渋谷に来ていた。この年の春は早く、三月末には桜は七分ほど咲いていた。
何度来ても、渋谷は記憶の扉に響かない。みんなから言うと、渋谷は新宿や池袋と違って変わらない街だそうだ。谷底のような地形が邪魔をしているらしい。
渋谷は二つの河川の合流点に出来た谷底の街で有る。繁華街から四方に急坂が走っていて、丘の上と駅とを結んでいる。
しばらく徘徊したが、知っているところは見つからなかった。
僕は数日前のインターネットのウィキペディアを賢明に思い出そうとしていた。最近のことは少しは覚えていられる。駄目なのは人の名前と顔、凄い方向音痴で来た道を帰るのさへおぼつかない。だから誰かしらが着いてくるのだ。
また、携帯が鳴っている。
そろそろ帰ってもいい頃だと思って携帯に出た。
「Gさん。いまどこ?」
小早川さんからだ。
「渋谷」
「丸山さんがしょんぼりしてたよ。Gさんに巻かれたって。大丈夫・・・? 一人で帰れるかい」
まるで小学生だ。
「ええ、駅前から池袋行きの都バスが出ているから」
「それじゃ時間がかかるでしょう。山手線に乗れば直ぐつく」
「ありがとう。でも都バスで帰ります。電車賃もったいないから」
僕たちは都営の地下鉄とバスのフリーパスを持たされていた。
「気をつけて。何かあったら電話して。誰か迎えに行くから」
今度は幼稚園児。我ながら恥ずかしくもあり情けなかった。
僕はバス停を目指してスクランブル交差点を渡った。歩きながら用心深く場所を確認した。交差点を渡ってガードを潜って四つ角を左折。そしてビックカメラの前に池袋行きのバス停があった。
僕はバス停を目指して横断歩道を渡った。
渡りきった時、向かいの一○九の前で僕を見詰める若い女性に気がついた。あの目は・・・? 僕を知っている目だ。
僕は一○九へと急いだ、痺れる左足を叱咤激励して早足で歩いた。
ビルの前に辿り着いたが、女の姿は消えていた。
慌てて辺りを見回したが見付からなかった。僕の勘違いだったのか? また、白昼に幻想を見たのだろうか。
あきらめた僕の前に、その娘が飛び出して来た。
「久しぶり。生きていたの? 元気」
間違いない。この娘は僕を知っている。
娘は雪のように白い肌を持っていた。身体は氷のように透き通って冷たいのだろうか? なぜかそんなことが気になった。
深紅のスプリングコートが翻って花柄のワンピースが現れた。胸の桜花が吹雪のように舞って僕の眼を眩ませた。
「僕を知ってるの・・・?」
「なに馬鹿なことを言ってるの」
娘は少し腰を屈めて僕を見上げた。彼女は十センチは有ろうかのハイヒールを履いていたので、そうしなければ僕を逆に見下ろす事になるからだ。
「僕の名前は?」
「君の名は・・・って? 頭がおかしくなったのね。私を覚えていないの?!。人でなし」
確かに人でなしだ。
「わたし・・・ユキコよ、分からないの?」
僕は返事をする代わりに小首を傾げて見せた。
GOROU
2018年3月17日
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