GOREとにゃんこの桃源郷

主観的にCDのレビューやら、日記やら、色々と。
ゴアとかメタルとかロックとか

2008年9月25日付

2008-09-25 | 日記
 さて、9月も残すところ、あと1週間程度になってしまいました。皆様、今秋は如何お過ごしでしょうか。労働者も非労働者も、健康に留意して、毎日を健康に、健康に留意して頂けますよう、某は幸いで御座います。

 とまぁ、あれだ。ぐっちゃぐっちゃしてても、構わないだろうよ。誰も見ないんだし。そもそも、GOREだし、そういうとこも含めて、さ。まぁ、今回は、少しだけ書きたいことも無いのだけど、それでも書かねばならないのだろうと勝手に思ったわけで・・・これはもはや、書くしかねぇな、と。書き殴る他は何も無いな、と。無いと言えば、俺にはそもそも資金も資金源も試金石もあったもんじゃねぇな、と。

 そう、何となく察してくれたことと思うのだが、俺の書いているこのブログは、誰も覗いていないのではないだろうかと、そんな懸念が生まれたというわけだ。そこで調べてみた。アクセス履歴は、20~50、記事を更新すれば100前後になるのだが、個人的にそのカウントは嘘だと思っている。何故なら何のコメントも残っていないからだ。たまに業者からの卑猥なコメントは残っているが、認証制にしてからというもの、そういった類のコメントは開示前に削除できるのだ。なので、アクセスIPは全て業者なのだろうと俺は思っている。さすがにPCが壊れて4ヶ月ほどもブランクが出来てしまったので、今更なにか書いたところで、誰も読んではくれないのだろう。そんな想いに駆られ、徐にGoogleの力を借りてみたのである。
 「検索」。その大いなるGoogleの力を、世間ではそう呼んでいる。俺もこの無償の力(インターネットに接続するだけならヤフーとかいう野蛮な人がお金を掠め取っていくが、そこは目を瞑っての発言であることをご理解頂きたい所存ですよクソ尼ども)にてググってみた。検索文字列は当然、アドレスとサイト名だ。結果、特に無し。正確には1件だけ参考にしてくれている人がいたのだが、四捨五入するとゼロと変わりないことが悔しい。ただ、以前作成した、過去ログのまとめサイトがエロサイトにリンクを貼られていた。このような例は複雑な気分に陥るが、ゼロよりはマシだと思った。

 結局、こういう事を書いていると「アクセス数を増やしたいのか」と思われてしまいそうだが、厳密には違う。同じような志を持った人の間でのみ、浸透させたいのだ。ただアクセスを稼ぐには、其処かしこにリンクを貼って、ニュースや芸能などに関する記事を積極的に取り入れることだろう。しかし、俺にはとてもそんなことは出来ない。そもそも趣味ブログに趣味以外の記事が存在するほうがおかしい。大衆に合わせて文体を変える(=無理をする)のは楽しくも何ともない。それは単に苦痛でしかないのである。積極的に苦痛を望む人間が何処にいるというのだ。少なくとも俺は快楽嗜好であり、我慢で雁字搦めのマゾヒストではない。
 ラブクエの攻略情報が欲しいと思う人がいれば、俺が書いた攻略情報で満足してくれると嬉しい。レスリー映画の情報が欲しいという人も然り、俺の書いたレビューも参考にしてくれれば幸いだ。ただ、多くは望まない。読む人が増えるということは、規制のレベルが上がるということにも他ならないのだ。たとえば100万人の人が俺の書いた文章を読むとして、全員が納得、満足を得るはずは無いのだ。この場合であれば、大体1人は満足してくれるだろう。その一人というのは俺のことだ。傲慢で高飛車な俺自身のことだ。俺という存在は、今あなた方が読んでいるこの文章の書き手のことである。ほら、今あなたの後ろにいるでしょう。

 "後ろ"という言葉は、前方ではなく後方のことを指すのは周知の事実である。だが、その距離に対しては定義付けされているのだろうか。20cm後ろにいる場合と、20m後ろにいる場合では、確実に前者のほうが前方にいる人の恐怖心を煽るだろう。しかし、20m離れていても"後ろ"と言えるなら、どのくらい離れれば"後ろ"と言えなくなるのか。俺が言っているのは、こうした内容だ。ならば、視界に入る距離であれば、"後ろ"と言えるのではないかと仮定する。すると、視界から消えてしまう距離に、その後ろにいた人が移動したなら、それは"後ろ"と言えなくなってしまう。この前提の視界とは、前方にいる人が振り向いた時に、後ろにいた人が視界に入るかどうかであるため、"後ろ"に対する定義付けは前方の人次第で変動する。ならば、10m後ろに誰か(仮に佐竹信三という7年前に息子を小児喘息で亡くした酒屋の店主だとしよう)がいたとしても、視力に秀でた人ならば、「後ろにいるのは誰、もしかして佐竹さんでは。」となるが、視力が極度に悪い人、たとえば盲人だった場合、「後ろには誰もいないようね。人の気配をびしびし感じたけど、気のせいね。」となってしまう。これでは辻褄が合わない。"見えない人"の後ろに忍び寄ることが、実質不可能になってしまうためだ。出来るはずのことが、出来ないこととして認可されるのは非常に無理があり、思考に無理が生じている証拠だ。
 では、"後ろ"に対する定義の仮定を変更してみよう。今度は仮に、"後ろ"に存在する人の視点であるとする。前方にいる人が気付こうが気付くまいが、後ろにいる人が、「自分は今、彼女の後ろに存在して憚るものは無いぜぇ。」と思えば、それが前方や側面ではなく、前方にいる人の中心より左右どちらかに100°~180°ほど転じた場所にいれば、後ろにいるのだと言えることになる。とすればこの定義に距離の概念は無関係であり、前方にいさえしなければ後ろにいることに成り得る。であれば、地球が球体であることを考えると、対象物との関係性が平行でさえない限り、「俺はあなたの後ろにいる」ということになってしまうのだ。
 実際、無茶な話ではあるが、こうした屁理屈に卓越するのもまた、人の成せる業かと思える。そして、これは相変わらずのことだが、俺はよく話の主軸が振れる。これは、相手がいないために起こり得る現象の一つだ。相手とは、話し相手のことである。ただ一人で壁に向かって語りかけているのと、ほぼ同じ状況であるため、一つの話題に的を絞って話し込むのは難しいのだ。そうするためには、自制せねばならない。「今日喋る事はコレだけだ。」と限定し、自身を抑制しなければ、面白そうな話題にだけ飛び付いてしまうものだ。完結を待たずに次々と目移りするのには、このような背景がある。快楽嗜好の人間に
は、そうした我慢が足りない。ひいては、他者とのコミュニケーション能力不全にも繋がってしまうことが厄介な点である。まぁそれでも、レストランに置き換えたら、フルコースを食べているようなものなので、そう悲観したものではない。とはいえ、面白いことが前提として在ればの話ではあるが・・・。

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2 コメント

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パソコン復活おめでとう (りく)
2008-09-26 00:50:45
一応見てたよ。コメントどう書いたらいいのかわかんなくて書いてなかったけど。

それにしても、君が話してるような文章だね。喧嘩したら負けそうだわ。
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>>りく (GCC)
2008-09-26 11:40:14
そうか一応見てたのか。
GoreGrinderは喧嘩しないんだよ。
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