
・長男の嫁の次は、
理屈いいの三男の嫁からかかってくる
「お姑さん、
ボケの兆候でも何か出ましたの?」
「そんなことが、
自分でわかるくらいなら、
ボケてませんっ!」
この嫁はズケズケ言いで、
もののいうすべさえ知らない
ボケたかどうかと、
本人に聞いて失礼とも思わないらしい
「今月の婦人雑誌の付録に、
『老人問題のすべて』
というのがありますから、
お送りします
その中に『ボケぬためには』
というのがありますから、
ようく読んどいてください
ほんとにボケだけは困りますわ
ボケるのはいやですわ」
そうボケボケといわれると、
私は猛然と怒りを発する
オールボケ老人になり代わり、
「誰もボケとうてボケてる人は、
ありませんっ!
みんな神さんの思し召しですから」
「だって、
ほんの少しの注意で、
いくらかは予防することが、
できるんじゃないですか、
そうお医者さんや学者先生が、
書いていられますけど・・・」
「医者や学者がアテになるかいな、
養生、注意してもボケる人はボケますのや、
それに、ボケぬためには、
なんて書いてる人はみな若い人やろ、
ほんまにトシヨリのことわかって、
書いてんのと違いますやろ」
「だって学問的裏付けがあって、
精神的肉体的に研究されてるんですから、
間違いないと思いますわ、
何たって科学的ですもの」
「そんなあほな
科学ほどアテにならんもんは、
おまへん
医者のクスリや科学信じて、
えらい副作用に苦しむことも、
おまっしゃないか
ボケかて神さんの指図や、思わな、
しょうないときあります」
「へえ・・・
お姑さんのように頭脳明晰な方が、
神さん持ち出されるなんて、
ふしぎですわ・・・」
頭脳明晰やさかい、
神さん持ち出すのやないかいな、
あほか、
というところである
あほな人間は、
としよりがボケぬためには、
など読んで実行すれば、
それで済むと思っているのだ
「ま、何にしても、
宝塚見とったら、
めったにボケになりまへん
あれは動脈硬化をほぐすのに、
いちばんや
須美子はんも見なはれ、
近々、松屋町のお婆ちゃん連れて、
行きますよってな」
というと嫁はせせら笑い、
「何ですか、
ああいう、チイチイパッパというようなもの、
どうも、もひとつ・・・
その分のお金頂けたら、
あたし、春のブラウス、
買いたいんですけど・・・
お姑さん、
株でしこたま儲けられたんですって?」
チイチイパッパとは何や
宝塚も知らんくせに、
見ず嫌いでバカにしている
春のブラウスより春の踊りのほうが、
なんぼ女に必要かしれない
こういう女にかぎって頑固で、
宝塚を見ようともしないのだ
「あたしゃ儲けた分だけ、
宝塚へ通うて遊びますのや、
それこそボケの妙薬、
医者や学者の指図より、
好きなことしてるほうが、
ずっとボケ防止になりますわいな」
といってやったら、
「そのぐらい、
お口が達者なら、
当分、お姑さんには、
ボケの心配はありませんわね」
と三男の嫁は捨てぜりふをいって、
電話を切りよった
次にかかったのは次男の嫁
「お姑さん、
ありったけのお金を、
遊びに使われるんですって?」
すべて嫁たちは、
ちょっとずつ違ったふうに、
受け取り解釈し、
また少しゆがめて、
次へ伝達しているらしい
「箕面の須美子さん、
いってらしたですけど、
株で儲けたぶん、
そっくり宝塚へ入れあげて、
誰にも残さないつもりですって?」
そんなことはいわないが、
三男の嫁には、
そう聞こえたのであろう
「入れあげるたって、
あなた、宝塚は安いですよ、
たかだか入園料まで入れても、
三、四千円、
歌舞伎や相撲のヒイキをするのとは、
ケタがちがいます
ご心配には及ばんこってすわ」
と私がいったら、
「それはそうでしょうけれど、
病気、ということがありますのよ
病気!お姑さん、
今日び、ガンにでもなったら、
大金が要りますのよ、
やはりその分だけは残して頂いて・・・
いえ、そりゃもう、
みんなしてお姑さんに、
不自由はかけないようにしますけど」
「えらいお心くばり頂いて
けど助からんもんなら、
やたら治療して、
いじくらんといてほし」
私はしんそこそう思っている
「痛い目ぇにあうのんいややし、
あっちこっち切り刻んだり、
レントゲンかけたりするのもいや、
もうここまで生きたら、
そうっと寿命あるだけでよろし」
「そんなこといわれても、
西宮のお義兄さんあたりが、
承知なさらないでしょうし」
とさすがに次男の嫁も、
長男の性格を知っている
「それにお医者さんもいろいろと・・・」
「今からそんな心配して、
どないしますねん
ま、当分、宝塚見て厄払いしますわ
あたしが元気なんは、
もう六十年から宝塚見てる、
せいかもしれまへん」
「へえ
宝塚ってそんなに古くから、
あるんですか」
何をいうてるねん
まあ、趣味は人それぞれ、
押し付けられないけど、
ウチの嫁たちはそろいもそろって、
宝塚ぎらいである
次男のところにも、
小学生の娘がいるが、
絶対、宝塚を見させようとはしない



(次回へ)