
・ローマの夜は、
遺跡や観光地でないところは静かで、
そして思ったより暗い。
ローマっ子は夜は出歩かないものらしい。
ただ町中についている灯は、
夜霧ににじんで美しく見える電灯である。
蛍光灯ではないのであった。
夜の木立の上に電灯が点じられると、
光りの傘が拡がって、それが大通りの果てまでつづき、
きれいな夜景である。
M君は、家主のおじさんに、
「どうしてローマは蛍光灯にしないの?」
と聞くと言下に、
「情緒がない」といったそうだ。
といっても家主はべつに文化人・知識人ではなく、
ごく一般的な労働者のおっさんである。
そういうおっさんが、
ローマの電気代も結構たかいのに、
「情緒がない」という理由で蛍光灯に反対し、
電灯を支持しているのだ。
「ローマですなあ」というところ。
M君は彫刻家の卵であるが、
近所のおじさんおばさんに可愛がられて、
洗濯してもらったり、オカズをもらったりするそうであった。
ローマの市民は、芸術家の卵を大事にするらしい。
歯医者の支払いが高いので心配していたら、
その歯医者はM君が芸術家の卵だと知って、
スケッチを見せろ、といい、
一枚買いあげて代金と相殺してくれたそうである。
日本の医者にそんなのいるかなあ。
「ローマですなあ」としか、いいようがない。
そんなことを話したのは、
ホテル・エデンの鏡の間であった。
M君やホトトギス氏と白ワインをかたむけて、
遅くまでしゃべって楽しんだ。
ここは近代的に冷蔵庫が部屋にそなえつけてあり、
ミネラルウォーターや、ワイン、ウィスキーがある。
不思議や、ローマにいると、
ウィスキーを飲む気は全くおこらない。
M君は話題が彫刻のことになると話に熱を帯び、
それは私たちにはたいそう好もしかった。
イタリアの彫刻家は、
住んでる町の住んでる家の壁の厚さに負けまい、
とがんばって、重厚感のあるがっしりしたものを作る。
「あれには負けます。
日本の家なんてべニア版です」
M君はしかし、
「僕はやはり日本で仕事します。
日本人だし、日本の仏像を、日本で見直したいんです」
といっていた。
パリのオルリー空港で買ってきたカマンベールチーズを食べ、
日本の塩昆布や梅干しをサカナに、ワインを飲んで、
そんな話に夜更かししているのは、
清遊というべきであろう。
清遊に関係ないおっちゃんは、
「イタリアのオナゴはどうですか、
ヨメハンにする気はありませんか」
といったら、M君は、
「気が強いからこわいです」
と真顔でいった。
ローマからすこし北へいったところに、
ロンチジョーネという小さい町があって、
さながら中世そのままだというので、
二日目はそこへM君につれていってもらうことにした。
朝は簡単にパンとコーヒーで済ませ、
お昼はロンチジョーネで食べることにする。
ゆうべおそく、日本の友人から電報が来て、
「ハピーバースディ」とあった。
今日は私の誕生日である。
はるばる外国まで電報でお祝いをいわれたのは、
うれしかった。
おかげで早春のローマは快晴、
今日は復活祭で商店はお休みだが、
近くのボルゲーゼ公園は人がいっぱい。
ニレの花がしきりに散る中をタクシーで出発する。



(次回へ)