「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

1、ローマ ⑦

2022年09月02日 08時22分54秒 | 田辺聖子・エッセー集










・ローマの夜は、
遺跡や観光地でないところは静かで、
そして思ったより暗い。

ローマっ子は夜は出歩かないものらしい。

ただ町中についている灯は、
夜霧ににじんで美しく見える電灯である。

蛍光灯ではないのであった。

夜の木立の上に電灯が点じられると、
光りの傘が拡がって、それが大通りの果てまでつづき、
きれいな夜景である。

M君は、家主のおじさんに、

「どうしてローマは蛍光灯にしないの?」

と聞くと言下に、

「情緒がない」といったそうだ。

といっても家主はべつに文化人・知識人ではなく、
ごく一般的な労働者のおっさんである。

そういうおっさんが、
ローマの電気代も結構たかいのに、
「情緒がない」という理由で蛍光灯に反対し、
電灯を支持しているのだ。

「ローマですなあ」というところ。

M君は彫刻家の卵であるが、
近所のおじさんおばさんに可愛がられて、
洗濯してもらったり、オカズをもらったりするそうであった。

ローマの市民は、芸術家の卵を大事にするらしい。

歯医者の支払いが高いので心配していたら、
その歯医者はM君が芸術家の卵だと知って、
スケッチを見せろ、といい、
一枚買いあげて代金と相殺してくれたそうである。

日本の医者にそんなのいるかなあ。

「ローマですなあ」としか、いいようがない。

そんなことを話したのは、
ホテル・エデンの鏡の間であった。

M君やホトトギス氏と白ワインをかたむけて、
遅くまでしゃべって楽しんだ。

ここは近代的に冷蔵庫が部屋にそなえつけてあり、
ミネラルウォーターや、ワイン、ウィスキーがある。

不思議や、ローマにいると、
ウィスキーを飲む気は全くおこらない。

M君は話題が彫刻のことになると話に熱を帯び、
それは私たちにはたいそう好もしかった。

イタリアの彫刻家は、
住んでる町の住んでる家の壁の厚さに負けまい、
とがんばって、重厚感のあるがっしりしたものを作る。

「あれには負けます。
日本の家なんてべニア版です」

M君はしかし、

「僕はやはり日本で仕事します。
日本人だし、日本の仏像を、日本で見直したいんです」

といっていた。

パリのオルリー空港で買ってきたカマンベールチーズを食べ、
日本の塩昆布や梅干しをサカナに、ワインを飲んで、
そんな話に夜更かししているのは、
清遊というべきであろう。

清遊に関係ないおっちゃんは、

「イタリアのオナゴはどうですか、
ヨメハンにする気はありませんか」

といったら、M君は、

「気が強いからこわいです」

と真顔でいった。

ローマからすこし北へいったところに、
ロンチジョーネという小さい町があって、
さながら中世そのままだというので、
二日目はそこへM君につれていってもらうことにした。

朝は簡単にパンとコーヒーで済ませ、
お昼はロンチジョーネで食べることにする。

ゆうべおそく、日本の友人から電報が来て、
「ハピーバースディ」とあった。

今日は私の誕生日である。

はるばる外国まで電報でお祝いをいわれたのは、
うれしかった。

おかげで早春のローマは快晴、
今日は復活祭で商店はお休みだが、
近くのボルゲーゼ公園は人がいっぱい。

ニレの花がしきりに散る中をタクシーで出発する。






          


(次回へ)

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